9-8 拝観を終えて-百花の感想
准胝観音像の衣と髪、すごいと思います。
これまで拝観した仏像、例えば三十三間堂の千手観音立像などでは、衣のひだは繰り返す平行した線で作られていたと思うんですよ。また、肩から下がってきた天女の羽衣のような長い布、天衣(てんね)が足のところを上下2カ所で横切っていました。立った姿の菩薩像では多くこうした形であるように思うのですが、でもこの像は全然違う! 天衣は横切らないし、衣のひだにはほとんど平行線を使わず、生き生きとした動きや立体感を出しているように感じます。腰に巻いた布があんなふうに折れ曲がったり反転したりするのかって考えたら、いや、絶対にならないだろうって思うけど、次の瞬間、そんなことは忘れて、仏さまの衣はまさにこれだっていう気持ちに。それは六観音像全体に当てはまるけど、なんと言っても准胝観音さまの衣が素敵。衣に切れ込みのようなひだがあって、本当に切れているんじゃなくて、これ、鋭い角度で折りたたまれている様子なのよね。これも六観音のほかの像にもあるけど、准胝観音像のものが配置といい、長さや角度、とてもいいアクセントとして効いているなーって思います。ゆいまくんが言うように、肥後定慶がリーダーとなって、他の仏師もこれに倣いながら6体の像を完成させていったと考えるのは妥当なのでしょうね。
髪もヘアバンドに絡めていたり、結った上の方も技巧をこらし、下は髪の毛のクロスで結んでいたり。でも技巧に走りすぎてイヤミだなみたいなことはまったくなくて、本当に魅力的です。ぜひ、皆さんも近くでよく拝観されてください。
あとね、どうしても気になることがあるので、言っちゃいますね。
願主の藤原以久は肥後前司、つまり肥後国の前長官で、仏師が肥後別当定慶。どちらも「肥後」じゃないですか。これって偶然? 以久はこの官職に実際についていたんだから、それはそうなんだろうけど、定慶の方はと言えば、仏師が国名を冠する場合どうしてその国をつけて名乗ったのかはよくわからないって話だから、そこには何か秘めた物語がありそう。例えば‥当時無位で、実績もない定慶が六観音の制作リーダーとして抜擢されて大感激。「肥後前司の旦那、このお仕事、全身全霊でお応えいたしやす。ついては私も肥後を名乗らせてくだせえ」みたいな、そういう一幕があったんじゃないのかな。
ここだけの話でお願いします。ゆいまくんに言ったら、きっと冷めた顔して「そんなことはわからない」って言われちゃうだろうし。
でも、この六観音像、願主の強い思いを肥後定慶がもののみごとに引き取って形にしたからこそこんなに美しいんだって思うんですよね。単なる注文主と仏師の間柄を越えた結びつきがあって誕生したんじゃないかって、これあながち外れていないんじゃないかな。

<百花さんから追加のひとこと>
准胝観音像の髪を複雑にからめた姿には「源流」があって、京都の宝菩提院願徳寺というところにある古代の美しい仏像の髪がそうなっているとのことです。そして! 六観音像の2年後に肥後定慶がつくった聖観音立像がやはり京都の鞍馬寺の宝物館で見られるそうです。こちらも髪をからめるスタイルで、准胝観音像より体が細くて、とぉっても美しい仏像とのこと。絶対見に行かなければ!
せきどよしおの仏像探訪記
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