9-4 六道で救済を行う六観音

霊宝殿
霊宝殿


百花さん 霊宝殿はここね。おっ、広い! お寺に伝わった仏像や宝物がここにたくさん来ているのね。えっと、六観音というのは‥

ゆいまくん こちらの壁面に並んでいる6体の仏像が六観音像だよ。

百花さん 六観音って、6体の観音さまって意味だったのか‥

ゆいまくん えっ、まさか「六観音」という名前の仏像があると思っていたの?

百花さん いや、そんなことは… わかってたよ、もちろん。あ、そういえば、中尊寺金色堂に6体セットのお地蔵さまがいたよね。六地蔵と六観音、関係あるのかな。

ゆいまくん そうなんだ! 6という数が共通するよね。6と言えば六道(ろくどう、りくどう)。当時の考え方として輪廻(りんね)というのがあって、死ぬと6つの世界、すなわち六道のどこかに生まれ変わると信じられていたんだ。六道というのは、言うまでもなく、(天道)、人間(人道)、阿修羅(修羅道)、畜生(畜生道)、餓鬼(餓鬼道)、そして地獄(地獄道)だよ。そして地蔵菩薩はそのすべての世界を巡って苦しむ衆生を救済してくださる。これを6体のお地蔵さまで表したものが六地蔵。そして、地蔵菩薩ではなく、観音が姿を変えて6つの世界で救うという信仰が六観音なんだ。

百花さん 6つの世界で救いの活動をする6つの姿の観音さまか。ヒーロー戦隊っぽくて、カッコいいね。人間は上から2番目? 意外といい位置につけているのね。

ゆいまくん 人間は体も心も脆弱だし、この世界は苦しみに満ちている。まして昔は今よりもっと飢饉や疫病の被害もあったし、戦乱で苦しむ人たちも多かった。たとえば、この六観音像がつくられたのは鎌倉時代前期の1224年と分かっているんだけど、この年をとっても旱魃や地震(鎌倉地方)があったことが記録されているし、翌年には疫病が流行している。その数年前には承久の乱というとても大きな戦乱もあった。
 しかし一方で、人は仏の教えに導かれて修行に励んだり、自分以外の者を助けたいと願い、行動を起こしたりもできる存在でもあるよね。だから六道の2番目に位置付けられているんだろうね。

百花さん 六観音はそれぞれ担当を決めて六道の救済にあたっているのね。

ゆいまくん この霊宝殿では、向かって右から順に如意輪(にょいりん)観音像准胝(じゅんてい)観音像十一面観音像馬頭(ばとう)観音像千手観音像(しょう)観音像と並んでいるけど、この順で、天、人間、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄を救うとされているんだ。ほら、各像の前に説明の札があって、どの世界を担当するのかが書かれているよ *。

百花さん まず如意輪観音 ** さまね。ふーむ。他の像はみんな立っているのに、この仏さまだけ座っているんだ。なるほど、台座を高くして高さを揃えているのか。1人だけ座っているっていうのがちょっと素敵ね。手が何本もあって、いろいろな物を持ったり、ほおに手を当てたり、片足は立てたり、姿もとっても面白い。この如意輪さまが「天」担当なのね。 
 でも天道の住人ってどういう人たちなの? あ、興福寺南円堂で見た四天王、持国天とか増長天とかって「天」ってつくからそういう人たちのこと?

ゆいまくん なかなか勘がいいね。四天王もそうだし女性の神様もいて、たとえば弁天さまと呼ばれる弁才天(弁財天)もそう。こうした天はもとはインドのヒンドゥー教の神様で、仏教に取り込まれて守護神となったんだ。

百花さん おー、天ってそういう人たちなのね。で、その世界の住人を救うのが如意輪さま。私の担当でもあるんだから、よく拝んでおこう。

ゆいまくん 「私の担当」って、どういうこと?

百花さん ほら、私、行いがいいから、次に生まれ変わるなら天、確定でしょ。弁天さま2世とか言われちゃうかも。きゃー。

ゆいまくん (小声で)人をほら吹き呼ばわりしておいて、「行いがいい」なんてよく言うよ。

百花さん 今、何か言った? それよりさ、天は仏教世界を守るはたらきをするすごい神様たちなんでしょう。そりゃ、地獄や餓鬼道には救いは必要だよね。あ、もちろん人間世界もね。でも天道の神さまは人を救ってくれる方の側なんじゃないの? どうして観音の救いが必要なのかな?

ゆいまくん 確かに天の神々の力は偉大だ。しかしそれでも六道の中にあるので、苦しみから完全に離れられはしない。寿命も人間に比べてはるかに長大だけど、でも最後には老衰の時が訪れる ***。豊かな時を長く過ごした者ほど、それが失われる時が来るというのは…

百花さん うーん、それは確かにキツいかも。天も苦しみの世界の1つなんだね。じゃあ、どうしたらいいの?

ゆいまくん この苦しみの六道を離れるしかない。観音さまは阿弥陀如来の脇侍としてもあらわされるように阿弥陀仏との関係が深い菩薩なので、苦しみを除いてくれて、さらに苦しみのない世界、すなわち極楽浄土への道を示してくれるんだ。

百花さん だから、六観音信仰、六観音像の造立ということが行われたのね。

ゆいまくん 六観音信仰は平安時代以来盛んになって、六観音像を造立した記録はいくつも残っているんだけど、平安時代の像はまったく伝存せず ****、中世(鎌倉時代、室町時代)でも6体すべてが揃って伝わっているのは、この大報恩寺の像だけなんだよ。

(注)
* 六道すべてで衆生を救済する六観音の信仰は、中国の天台智顗(ちぎ)にはじまる。この六観音は、例えば天を担当するのは「大梵深遠観世音」、人間道は「天人丈夫観世音」など耳慣れない名称であり、像としてあらわす場合どれも聖観音の姿であった。この信仰が日本に入り次第に盛んになってきた平安時代中期、真言宗の仁海(にんがい)が藤原道長の諮問を受け、中国天台宗由来の各観音はそれぞれ如意輪、准胝、十一面、馬頭、千手、聖の各観音と同体と答えたとされ、以後日本の六観音はこの5尊の変化観音および聖観音の組み合わせとして定着した。ただし、天台宗では准胝観音に代わって不空羂索観音が当てられている(天台の六観音)。

** 如意輪観音は「どこにでも転がっていく如意宝珠を持つもの」の意味で、二臂像と六臂像(臂は腕の数)がある。経典によるとこのほか四、八、十、十二臂の姿があるとされるが、これらの作例はない。大報恩寺の像も六臂で、右第一手は思惟手(ほおに寄せる)、第二手は如意宝珠を持ち、第三手は念珠を持つ。左第一手は光明山に触れ、第二手は蓮華、第三手は輪宝を持つ。右足を立て、岩上の蓮華座に座る姿をしている。

*** 天部の神々は死期が近づくと5つの悲しい兆候が現れるといい、これが「天人五衰」である。

**** 石川県の豊財院(ぶざいいん)には平安時代の聖観音像、十一面観音像、馬頭観音像が伝わる。これらは六観音中の3体であった可能性がある。

 

霊宝殿に並ぶ六観音像 右端が如意輪観音像
霊宝殿に並ぶ六観音像 右端が如意輪観音像