9-5 六観音像はひたすらに清浄さを目指して

六観音像のうちの聖観音像
六観音像のうちの聖観音像


百花さん 如意輪観音をはじめ、どの観音さまも手が多かったり、顔がたくさんあって、賑やかっていうか、それだけ強大な力で救ってくれることを意味しているのよね。

ゆいまくん 観音はさまざまに変化(へんげ)しながら衆生を救ってくれる菩薩なんだ。だから、この六観音像のようにいろいろな姿の観音のことを変化(へんげ)観音っていうんだよ。

百花さん 如意輪観音と反対側の端にいる観音さまだけは顔ひとつ、手は2本よね。人間型っていうか、基本形? 「これは変化観音?」「ノン!」ってね。

ゆいまくん こら、観音さまをネタにしたらバチが当たるんだからね。変化観音でない観音菩薩の像は聖観音(正観音)像というんだ。この観音が地獄道の担当なんだよ。当時地獄はどのように考えられていたかというと…

百花さん 待ったー! その先は結構です! 惨たらしい所なのよね。でも、地獄と人間の間の餓鬼道、畜生道、阿修羅道だって、なんだかもう、名前を聞くだけでもヤバそう。だからこそ、それぞれの世界で苦しむ者たちを救ってくれるこの観音さまたち、本当に頼もしいってことよね。
 それにしてもこの6体の観音さま、本当に立派ね。それに、基本形の聖観音から変化観音の複雑な姿の像までいろいろなのに、全体としてまとまりがある、調和がとれている印象よね。
 でも、この六観音像、これまで拝観させていただいた仏像とは何か違っているような… なんだろう。なんか不思議な感じがするのはなぜ?

ゆいまくん それは、これらの仏像の仕上げに関することかな。つまり、表面の…

百花さん あ、そうよ。仏像は金箔を使っていたり、色鮮やかに塗ってあったりするでしょう。でもこの六観音像は木、そのままの色よね。つくられてから長い時間がたってすっかり落ちてしまったからこうなった? それにしては全然そういう跡はないし。でもこの木肌の色、潔いっていうか、もうカッコいいって領域に入っているよね。そうするとはじめから金や彩色はなしでつくられたのかな。上に何も塗っていない分、下半身の衣の彫りの冴えもよくわかるし。

ゆいまくん 六観音像はね、座っている如意輪観音は除いて、像高は180センチ前後だよ。今の成年男子の身長よりも少し高いから、当時の人からするとさらに大きく立派に見えたろうね。それぞれ立派につくられた台座に乗り、光背もついているから、さらに大きく見えるよね。それが6体なんだから、本当に立派だよね。
 もちろん木造で、百花さんが言うように表面を金や彩色で覆わずに仕上げている。これを素地(きじ)仕上げというんだ。南アジア、東南アジアで採れる栴檀(せんだん)、白檀などの木材を使って精緻に彫り上げられ、やはり金や彩色を施さない仏像のことを檀像(だんぞう)、檀像彫刻ともいうんだけど、この六観音像はその檀像の系譜を引いているとも言えるんだ(髪や眉などは青系の色、開口する馬頭観音像では口の中を赤、牙を白で塗るなど、若干の彩色はほどこしている)。

百花さん なるほど、最初から色をつけないことを前提につくられた仏像というのもあるってことね。栴檀、白檀って、お香の種類で聞いたことあるかも。豊かな香りともども仏さまの姿にするって考えるなら、もはや金や色で覆うってことはないってことになる…
 でも、本当に栴檀や白檀でつくられてはいないんでしょう?

ゆいまくん そうだね。実は栴檀、白檀といった南方産の檀木は大木にはならないんだ。もちろん、檀木を用いた正真正銘の檀像彫刻というのもあるよ。日本ではそれに倣った檀像様の仏像がつくられたんだ。この六観音像の場合はカヤでつくられているんだ *。

百花さん カヤ? 「かやぶきの古民家」とかいうよね。あのカヤ?

ゆいまくん それは屋根を葺く時に使う萱(かや)。そうじゃなくて、樹木のカヤ(榧)だよ。
 カヤ材は緻密な彫刻が可能で、香りもかぐわしい。とても素晴らしい木なんだ。日本では、ある時点から檀像様の彫刻の材料としてカヤが選ばれてきたという歴史がある。彫刻全般で見れば平安時代・鎌倉時代の仏像はヒノキ材が多く用いられており、カヤとヒノキを比べるならカヤは少々難しいところのある用材でね、群生しないのでこの六観音像のように複数の大きな材木が必要となると揃えるのがまず大変なんだ。そして、材木を割る時にもヒノキよりも熟練した技術が必要らしい **。
 あとね、この六観音像の制作上の特色として、木と木を接着させる必要があるところに(にかわ)でなくを使っているんだ。

百花さん 膠? 漆?

ゆいまくん 膠は動物の皮や骨から作る接着剤だよ。温めると簡単に柔らかくなるので使いやすく、固まると本当にカチカチになる。昔から使われているとても優れた接着剤で、仏像をつくったり修理したりする時には必ずといっていいほど使用される。でも、この像ではその代わりに漆の木から取った樹液を使っているんだ(木から採取した生漆に小麦の粉を混ぜた麦漆を使用)。

百花さん それは…動物由来の材料を避けたということね。仏さまをつくるのに、生き物の命をいただいて作ったものを使いたくなかったってことか。少々使いにくいカヤの木を選んで、着色するよりもその木をそのまま生かして、接着剤にも注意をはらって、これって何て言ったらいいかな。えっと、清浄さかな? そういうものをとことん目指してつくられた仏像だということなんだね ***。

(注)
* 構造は、向かって左側の3像(聖観音像、千手観音像、馬頭観音像)は一木造。頭部は割り矧いで玉眼を入れる。体部は背中側から内ぐり。右側の3像(十一面観音像、准胝観音像、如意輪観音像)は割矧ぎ造。玉眼。割矧ぎ(割矧、わりはぎ)造とは、一木造と同じ作り方で制作を進め、途中で前後に割って、内ぐりをして、再び合わせる技法である。

** カヤとヒノキは共に針葉樹、大木になり、あまり寒い地方には育たず(現在の福島県くらいが北限)、自生する地域はほぼ重なる。美しい木肌で彫刻に向いており、香気も高いことも共通する。木材としての色は、ヒノキはやや赤みがあるのに対し、カヤは明るく光沢がある。香りは、ヒノキはやや刺激のある上品なかぐわしさ、カヤはバニラにたとえられるような甘い匂い。また、カヤの方が成長が遅く、木材の密度は高いということや、ヒノキは森林を形成するがカヤは群生しないといった相違点もある。さらに、カヤはヒノキに比べると繊維が絡んで矧ぎ面が合いにくく、割矧ぎ造で仏像を制作するのには向いていないといった研究もある(参考文献の「鎌倉時代におけるカヤ材を用いた制作工程に関する研究」参照)。なお、現代においてはカヤを用いた木製品として高級な将棋盤や碁盤が高い人気を誇っている。

*** 九条兼実はその日記『玉葉』の寿永元(1182)年6月条で、十一面観音像造立にあたり「如法に造り奉るべし」として、仏師を授戒させる、柏木(檀木ないしその代用材)を用いる、膠や彩色はしないことをあげている。

カヤの巨木(栃木県の遍照寺にて)
カヤの巨木(栃木県の遍照寺にて)