10ー6 伝衆宝王菩薩、伝獅子吼菩薩の「伝」とは

伝衆宝王菩薩像(6本の腕があった)
伝衆宝王菩薩像(6本の腕があった)
伝獅子吼菩薩像(4本の腕があった)
伝獅子吼菩薩像(4本の腕があった)


百花さん 薬師如来像の横の仏さまは、なんだか難しいお名前ね。

ゆいまくん 伝衆宝王菩薩像伝獅子吼菩薩像だよ。こちらも鼻や手などが失われていて、傷んでいる部分が多いけど、それでも生気溢れるとても力強い仏像なんだ。でも、薬師如来像もそうだけど、口もとは微笑をたたえている * ようにも見えるんだ。本当に素晴らしい仏像だよね。

百花さん うーむ。壊れているのに力強くって、不思議と明るい雰囲気もあって、大きな包容力がある、そんな像ね。

ゆいまくん 2つの像を比べると、伝衆宝王菩薩像は謎めいた微笑みや複雑に結われた髪の形など、神秘的な印象がより強い感じがするね。遠くの方を見ているような眼差しにも惹きつけられるし、上半身にたすきにかけた帯状のものを結んだ先が大きく広がる様子や、腰のベルトの精緻な彫りからは、華やかな印象も受けるね。
 一方、伝獅子吼菩薩は、腰の下で折り返された衣の端にふさのような飾りが下がっていたりして、華やかさがある一方で、強調された眉、細めに開けた目、いからせた肩、太づくりの体と隙のない衣の着こなしなど、大らかさと緊張感が同居しているような独特の魅力があるね。

百花さん なーる。…その違いってもしかしたら二天王像と同じように、作者に違いがあるのかもね **。

ゆいまくん でもね、この2像は違いもあるけど、全体としては共通点も多くあるんだ。例えばね、額のところ。

百花さん 額… 縦に刻まれた筋が入っているね。あれは傷んでそうなったのじゃなくって、目? 第3の目なのね。

ゆいまくん 次に、上半身に斜めに着けて、正面で結び目を見せる細い帯のようなものに注目だよ。菩薩像では条帛といってよくこんなふうに布をたすきにかけるけど、この2像のそれはひだが刻まれず、柔らかで弾力があるような感じにつくられているよね。これは布製でなく皮革であることをあらわしていると思われる ***。さらに、手の本数。腕はすべて失われてしまっているので分かりにくいけど、この2像はともに手は2本ではない、つまり多臂(たひ)像なんだ。手の本数は、付け根から推測すると伝衆宝王菩薩像は6本、伝獅子吼菩薩像は4本だったとわかるんだ。

百花さん この像にたくましい腕が何本もついていたら、超ド迫力だったろうね。昔の姿を見たかったなー。
 それで、衆宝王菩薩、獅子吼菩薩ってどういう仏さまなの? あまり聞き慣れないような気がするし、あと名前に「伝」って付いているのも気になる。これはどういうこと?

ゆいまくん 「伝」というのは、「お寺ではこの名前で伝えられている」って意味なんだ。

百花さん 伝えられている… 本当の名前ではないかもしれないってこと? 講堂の持国天像、増長天像も本来の名前かどうかわからないっていう話があったけど、この菩薩も同じように名前がわからないってことなのか…

ゆいまくん 衆宝王菩薩、獅子吼菩薩、大自在王菩薩は阿弥陀仏が来迎(らいごう、臨終の人を極楽浄土に導くために阿弥陀仏が迎えにくること)する際につき従う25の菩薩の中に見える名前なんだ。でもそうした阿弥陀来迎を願う信仰は平安時代中期以後にさかんになったものなので時代が合わないし、音楽を奏でたり踊ったりして阿弥陀仏をたたえる姿で描かれることが多いんだ。そうした来迎の菩薩と、目が3つあったり手が何本もあるなど異形の姿をして特別な救済力を印象づけるこれらの菩薩像はまったく違っている。

百花さん それってつまり、衆宝王菩薩、獅子吼菩薩というのは本来の名前ではないってこと…なのかな。ずいぶん破損している上に、お名前まで失っているのか。なんだか悲しくなってきちゃった。
 じゃあ、どうしてこうした名前で伝えられているんだろう。

ゆいまくん これらの像がなぜそう呼ばれるようになったかはよくわかっていないんだ。どうやら、近代初期の廃仏毀釈(きしゃく)の時期に本来の名前がわからなくなって、こうした名称がつけられたらしい。
 その頃はほら、興福寺も一時廃寺同然にまで追い込まれたり、唐招提寺はそこまでひどくはなかったけれども、経済基盤を失い、お堂や仏像、仏具の維持も難しくなった時期があったんだ。骨董商が破損した仏像を一山いくらみたいに買い取って、形ばかり表面を整えて外国に売ろうとしたことさえあったらしい。まあ、それは間一髪のところで回避されたんだけどね。
 そんな大変な時代の中で仏像も本来の名前も忘れ去られて、それはそれで管理するのに都合が悪いということになったのか、その時の担当者が来迎の二十五菩薩の中から名前を選んだ付けたと、そんなことだったのかもしれない。そしてその名称を今でも「伝」をつけて使用しているんだ ****。

百花さん 鑑真さんの教えを伝える唐招提寺でそんなことが起きたなんて、ショック。

ゆいまくん それでも、これらの仏像があちこち傷んだりしながらも何とか伝えられたのは、不幸中の幸いだと思うよ。

百花さん じゃあ、これらの像の本当の名前はもうわからないということなのね。

(注)
* 薬師如来像、伝衆宝王菩薩像、伝獅子吼菩薩像の口もとが柔和は微笑みをたたえているさまを仏の「微笑相(みしょうそう)」ととらえ、授戒の儀式を見守る仏像が「好相」を示す様子があらわされたものとする説がある。

** 耳のつくりを観察すると、薬師如来像と伝衆宝王菩薩像が近く(薬師如来像の耳は破損が激しく比較が難しいのだが)、伝獅子吼菩薩像は若干異なっている。下ぶくれの顔立ちも薬師如来像と伝衆宝王菩薩像が共通しているが、伝獅子吼菩薩像は顔つき、さらに体型、衣、アクセサリーの表現などにも違いが見られるとして、作者の違い、さらには本来どういった願いのためにつくられたのか、そこにも違いがあるのかなどさまざまな議論がある。

*** 皮革製としてあらわされたと思われるたすきがけの帯は、伝衆宝王菩薩像では比較的広い幅につくられる。一方、伝獅子吼菩薩像では皮革の帯と菩薩像でよく見られる条帛とがともにあらわされている。

**** 新宝蔵に安置される仏像は、かつては大日如来像は金堂に、他の仏像は講堂に納められていた。講堂に安置される前は寺内の地蔵堂というお堂に集められていたこともあったらしいが、それ以前の安置堂宇は不明。かつて唐招提寺には薬師院があったことがわかっており、薬師如来像はその本尊であった可能性がある。