10ー5 カヤを使った一木造の仏像のはじまりがここに

二天王像のうち持国天像
二天王像のうち持国天像
薬師如来像
薬師如来像


ゆいまくん ところでこの持国天像と増長天像だけど、2つの像を見比べて、手足のあげ方が異なっていることのほかには、何か違いがあるかな。

百花さん んーっ、私、断然増長天像推し! あ、持国天さん、ごめんなさい。でも正直、持国天像の方が体の動きにキレがないような気がするのと、鎧の模様もちょい大人しめかな。

ゆいまくん 二天王像の手はすべて後補なんだけど、特に持国天像の高く上げた右手は肩からすっかり変わっているんだ。つまり、本来の体勢とは変わっている可能性があり、もともとの像の魅力が減退しているかもしれない。でも、それを差し引いたとしても、たしかに増長天像の方が派手さ、華やかさがある感じだよね。

百花さん ということは、作者が違うっていうこと?

ゆいまくん 増長天像は鑑真が連れて来た中国出身で仏像を彫る技術を持つ者が手がけて、一方、持国天像はその技術者が指示して日本の仏師が担当したといったことも考えられそうだね。
 じゃあ、ほかの国宝になった仏像も見に行こう。境内の東側にある新宝蔵(宝物館)* に移動するよ。こっちだよ。

 

馬道(講堂側から新宝蔵の方を見る)
馬道(講堂側から新宝蔵の方を見る)
新宝蔵への道
新宝蔵への道


百花さん え、ここを通るの? お堂の中に通路が?(講堂の東に南北に長い建物があり、その中央付近に通路があって通り抜けられるようになっている。通路を馬道(めどう)といい、それを境に南側を礼堂、北側を東室という) そしたら今度は緑の木々の中に入った! 池もある! 何ここ。やばっ。金堂や講堂があったお寺の中心からほんのちょっと来ただけで雰囲気、全然変わったー。

 唐招提寺、本当に素敵なお寺ね。もっと早く来ればよかったなー。なんでもっと早く誘ってくれなかったの? ゆいまくんのいけず!

ゆいまくん 喜んでいるかと思ったら、最後は悪口になるのはやめてほしいなあ。
 さあ、新宝蔵に入るよ。

百花さん わぁっ、たくさんの仏像が壁を背に並んでいる。大きな仏像もあるし、頭部だけになってしまっているお像や逆に頭部を失っている像もあるのね。えっと国宝になった仏像は…

ゆいまくん 講堂の二天王像とともに国宝指定された像は、薬師如来像伝衆宝王(しゅうほうおう)菩薩像伝獅子吼(ししく)菩薩像伝大自在王菩薩像の4体だよ。向かって右側の方に立っているよ。そしてこれらの像は、いずれも唐招提寺のごく初期に造立された仏像と考えられているんだ。

百花さん ということは、これらの像も鑑真さんと関係が深い仏像かもしれないってことね。

ゆいまくん 高さは薬師如来像は約160センチ、他の像は170センチ前後だよ。一木造で、しかも台座の下の心棒に至るまで1本の木から彫り出されていて、内ぐり(背中などから像の内側をくり抜く)はしていない。年輪の中心部分(木心)をよけてこれだけの大きな仏像をつくりあげているので、材料になったのは相当な巨木だったとわかるんだ **。
 じゃあ、薬師如来像から見ていこうか。

百花さん 足と台座は完全につながっているのね。1本の木からそっくり彫り出して、木の生命力まで取り込んでるみたいな、本当に力強さがある仏像ね、確かに。確かにそれはそうなんだけど… でもこの薬師如来像、そのほかの像もとっても傷んでいるのね。髪や手もなくなっていて、鼻、くちびる、耳も欠けていて、痛々しいなあ。黒目もないから、雰囲気ちょっと怖いかも。台座も本当は蓮の花の形なんだろうけど、芯だけになっているし。壊れすぎじゃないの。これで、国宝なのか…

ゆいまくん 百花さん、またテンションが下がってきてるよ。
 確かに、破損が目立って、ちょっと悲しく感じられるかもしれないけど、二天王像でもそうだったように、じっくりと見ていくと本当に素晴らしい仏像であることがわかってくるんだ。
 まず、全体のバランスはどうだろう。顔は小さめで体はどっしりしと、堂々としているよね。実際の大きさを遥かに超えるような雄大さがあるっているか、「気宇壮大」っていう言葉があるけど、この仏像のためにある言葉じゃないかって思えるほどだ。
 顔つきは、おとがい(あごの先端)がしっかりと前に出て、口もとを引き締め、厳粛さが出ているよね。でも、ちょっと下ぶくれでほおを豊かにあらわす顔立ちからは、慈愛に満ちた温かさが感じられるようでもあるよね。

百花さん んんー、確かに… でもまゆや鼻、口もとが欠けてしまっているのが本当に残念ね。
 でもって、衣の線は、太っ。法金剛院や三千院で見た平安時代の後期以降につくられた像では衣の線が流れるように綺麗に表現されていたけど、同じ仏さまの衣のひだとは思えないくらい違ってる。ほんと、ダイナミック。

ゆいまくん 如来像だから大きな布を体に巻くだけのシンプルな姿なので、力強さがストレートに伝わってくるよね。脇腹や股間に刻まれた太くて力強い線からは、像に宿る生命力がオーラのように伝わってくるようだよ。その一方で、腿のあたりではひだはあえて刻まないことで、ボリュームに富んだ肉体が強調されているんだ。

百花さん ううー、なるほど。確かにすごいかも。
 衣のひだは太い線で表現されているけど、じゃあ衣そのものが厚い布なのかっていうとそれは逆で、薄い布が肌にぴったり貼り付くみたいになってて、固太りの肉体がすぐ下にあるのが感じられる。ももの付け根なんて盛り上がりがもうすごいことになってる。裾のところに横にひだの線が入っているのは、風が吹きつけてきて衣がバタバターってなってるところなのかな。仏さまが風とともに、あ、今出現したっ、みたいな。とにかくすごい力強さね。
 これらの像は何でつくっているの? あ、木の種類ってことだけど。

ゆいまくん カヤだよ。

百花さん カヤ! 知ってるよ。茅葺き屋根のかやじゃない方のカヤだよね。美しい木肌と独特の香りの素晴らしい木なのよね。

ゆいまくん 前に(大報恩寺六観音像の拝観時)檀像彫刻の話をしたのを覚えているかな。栴檀や白檀といった南方産の香木を材料に、緻密に彫刻し、金や彩色はほとんどほどこさずに木肌や香りを生かして仕上げているのが檀像だよ。
 中国で書かれたお経の注釈書に、仏像は檀木でつくるべきだが、どうしてもそれが手に入らない地域で仏像をつくる場合には「栢木(はくぼく)」でつくるのでもよいと書かれたものがあるんだ ***。ところがその「栢木」が実際にどの木を指すのかははっきりとしないし、だいたい中国と日本とでは植物は必ずしも同じではないしね。鑑真さんたちは日本で戒律の道場を開くにあたり、必要なお堂を開き、安置仏をつくることになって、その仏像は檀像の深い美しさ、かぐわしさ、おごそかさを備えたものでなければならないと考え、「栢木」に当たるであろう木を求めたと思うんだ。

百花さん …で? で、見つけたんだ。日本のカヤがとても美しい木材で、その「栢木」に相当するような素晴らしい木だって ****。

ゆいまくん 奈良時代って、阿修羅像にしても奈良の大仏にしてもそうだけど、様々な材質の仏像がつくられた時代なんだ。ところがこの唐招提寺が開かれた頃から、木彫の仏像が一気に増えていく。そしてその多くがボリューム感に富む肉体を強調するといった特色を持ち、カヤを用いた仏像なんだ。その出発点となっているのが…

百花さん この唐招提寺に残る木の仏さまたちということなのね!

(注)
* 新宝蔵は開館する期間が決まっている。3月1日~6月30日、9月1日~11月30日、12月31日~1月3日、そのほか8月10日頃に数日間の臨時開館がある。なお、2019年に国宝指定された4像のうち、伝大自在王菩薩は展示室には並んでいない(収蔵庫にしまわれている)ことが多いようだ。伝大自在王菩薩像も台座の下までを含むカヤの一木造という点で伝衆宝王菩薩像、伝獅子吼菩薩像と同じだが、両像に比べるとそれ以前の端正な奈良時代彫刻の様式も受け継いでいるところに特色がある。

** 唐招提寺新宝蔵の薬師如来像について、西川新次氏による木取りの推定によれば直径95~100センチの木材が必要となる。なお、一木造の仏像の多くは背中などからくりを入れて、堂内に空洞をつくることが多いが、それは木心(木の中心部分)をできるだけ取り去ることで干割れを防ぐためである。一方、唐招提寺の木彫では木心を通る線で巨木をほぼ2等分して木取りし、内ぐりは設けない。巨木を贅沢に使っているといえる。

*** 十一面観音に関する経典である『十一面神呪心経』に、十一面観音像は白檀をもってつくることと書かれている。この経典についての解釈書である『十一面神呪心経義疏』には、白檀を入手できなければ栢(柏)木を用いなさいと書かれている。なお『十一面神呪心経』の訳者は玄奘三蔵、『十一面神呪心経義疏』の著者はその弟子の慧沼(えしょう)である。白檀の「代用材」という考え方が示されているものとして注目される。

**** 現代中国には「柏木」という名の木があり、ヒノキに似るという。その一方で、中国では栢木(柏木)はヒノキ科の樹木全般を指すという説もある。カヤは現代の区分ではヒノキ科でなくイチイ科であり、それがなぜ「栢木」に見立てられたのか、疑問点は残る。カヤは中国にも自生し、鑑真が活動した長江の下流域で現在もカヤは見られるので、日本に来る以前に鑑真らがカヤを知っていた可能性はある。ただし、中国のカヤは日本のカヤと大きくは異ならないともいい、いや両者はあくまで別物とする意見もある。その一方で、733年完成の『出雲国風土記』の中に栢は榧(カヤ)のことと注記され、日本で早くから栢=カヤという認識があった可能性もある。また、これら唐招提寺の木彫仏について、檀像様というよりは中国の石彫仏を木彫に置き換えたものだという見方もある。以上のように、決着をみていないことも多いが、奈良時代後半からのカヤによる一木彫の隆盛は鑑真らの渡来が画期となったことは確かと思われる。なお、日本のカシワ(柏)は広葉樹で、ここでの議論とは無関係である。

カヤの大木(埼玉県さいたま市で撮影)
カヤの大木(埼玉県さいたま市で撮影)