10ー11 鑑真来日と唐招提寺木彫仏6体関係年表
733年 栄叡、普照、遣唐使船で唐へ。僧の養成、認定を正しく行うために必要な師僧を日本に招聘することを任務とする
742年 鑑真、揚州の大明寺で栄叡と普照の訪問を受ける。鑑真、渡日を決意
743年~ 鑑真ら、5度渡日を試みるが、いずれも失敗
750年 鑑真、失明
751年 栄叡、唐で死去
752年 藤原清河を大使、吉備真備、大伴古麻呂を副使とする遣唐使船が日本を発ち、唐に到着
753年 遣唐使船が唐を出発。鑑真らは副使大伴古麻呂の乗る第二船に乗船。
754年 鑑真及び随行者24名が平城京に到着。東大寺に住し、天皇をはじめ多くの僧らに戒を授ける
*一方、藤原清河や阿倍仲麻呂らが乗る第一船は現在のベトナムまで吹き流される。結局、日本に戻れず
755年 東大寺戒壇院を創設
756年 鑑真、大僧都に任ぜられる
757年 橘奈良麻呂の乱で大伴古麻呂や道祖(ふなど)王が獄死。道祖王とその兄塩焼王が父の新田部(にたべ)親王(天武天皇の子)から受け継いでいた土地、建物は収公されたか
758年 光明皇太后の病気平癒を願い、薬師如来や不空羂索観音に関する経典の大規模な写経事業が開始される。 *薬師如来像と伝衆宝王菩薩像、伝獅子吼菩薩像(のいずれか)はこれに関連し造像されたとする説あり
758年 鑑真、大僧都の職を解かれ、大和上の号を受ける
759年 普照、長安にならい主要な道路に街路樹(果樹)を植えることを朝廷に提案。
759年 鑑真、新田部親王の旧宅を与えられ、唐招提寺を創建
760年 光明皇太后亡くなる
761年ごろ 平城宮朝堂院の東朝集殿が移築、改造されて唐招提寺講堂となる(この移築年代について、もう少し後の時期とする説あり)
この頃 藤原清河の家族により羂索堂などが唐招提寺に施入されるか
*2019年に国宝指定された唐招提寺の木彫仏6体の造像、この頃か。特に伝衆宝王菩薩像、伝獅子吼菩薩像のどちらかあるいは両方は羂索堂の不空羂索観音像だった可能性あり
763年 鑑真の弟子忍基(にんき)、講堂の梁が折れる夢を見て、鑑真の死が近いと知る。弟子ら、鑑真の肖像をつくる(これが現在唐招提寺に伝わる鑑真像か)
763年 鑑真、死去(76歳)
777年 小野石根を大使代理とする遣唐使が唐に到着。藤原清河の帰国を命じる天皇の書簡を携えるが、それ以前に清河は唐で亡くなっていた。なお、この時鑑真の死が唐に伝えられたと思われる
779年 淡海三船が『唐大和上東征伝』を著す
781年以後 唐招提寺金堂が建立される(それ以前に前身となる小規模な金堂があったとする説あり)
806年 唐招提寺、十五大寺に列せられる
830~835年 豊安によって「戒律伝来記」「鑑真和上三異事」「招提寺建立縁起」が書かれる。
1116年 実範(平安時代後期の僧。戒律復興につとめた)が唐招提寺を訪れ、その荒廃を嘆き、伽藍修理の奏上を行ったという。さらに実範は唐招提寺において戒律を講じたという(1122年)
1140年 大江親通が唐招提寺を含む奈良の寺院を再訪問し、『七大寺巡礼私記』を著す。羂索堂安置像についても記述するが、羂索堂そのものはこの時すでに失われていたらしい
13世紀半ば~後半 唐招提寺、覚盛、証玄により中興される
1602年 徳川家康より300石の寺領が認められる
1688年 松尾芭蕉が唐招提寺を訪れ、鑑真像を拝する(この時に詠んだ「若葉して御目の雫拭はばや」の句碑、もと羂索堂のあったあたりに立つ)
1692年、1695年 徳川綱吉、桂昌院から寄進あり。これにより諸堂の再興、修理、仏像修理が進む
1701年 『招提千歳伝記』成立
1802年 雷火により塔焼失。これが創建以来初めての火災 *1833年、1848年にも火災被害あり
1871年 社寺領上知令布告。唐招提寺も境内以外のすべての領有地が国家に収公される(境内地の一部も)
1872年 明治政府による仏教諸宗派整理。唐招提寺をはじめ律宗系諸寺院は真言宗の所管とされる
1880年 フェノロサ、唐招提寺を訪れ、「仏像の残欠や興味ある廃棄物の堆積」を見る
1888年 近畿地方の宝物調査に同行した写真家の小川一真が唐招提寺鼓楼にて破損仏を撮影。木造薬師如来立像、木造伝衆宝王菩薩立像、木造伝獅子吼菩薩立像、木造伝大自在王菩薩立像も写る
1900年 唐招提寺、律宗寺院として真言宗から「独立」
1902年 木造薬師如来立像、木造伝衆宝王菩薩立像、木造伝獅子吼菩薩立像、木造伝大自在王菩薩立像、木造二天王立像が重要文化財に指定される(それぞれ別個の指定)
1970年 新宝蔵、完成。寺内の宝物を保存、展示するための施設
1995年 東京国立博物館と森林総合研究所(現国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所)の共同研究として仏像の用材の科学的調査はじまる
1998年 東京国立博物館研究誌『MUSEUM』に「日本古代における木彫像の樹種と用材観」掲載。これまでヒノキとされてきた唐招提寺の木造薬師如来立像、木造伝衆宝王菩薩立像、木造伝獅子吼菩薩立像、木造伝大自在王菩薩立像の樹種がカヤであると発表される
2006年 東京国立博物館で特別展「仏像 一木にこめられた祈り」を開催。奈良時代、平安時代前期の仏像の樹種についての研究成果を踏まえた大規模な展覧会で、唐招提寺の木造薬師如来立像、木造伝衆宝王菩薩立像、木造伝獅子吼菩薩立像、木造二天王立像も展示
2019年 木造薬師如来立像、木造伝衆宝王菩薩立像、木造伝獅子吼菩薩立像、木造伝大自在王菩薩立像、木造二天王立像を国宝指定(5件の重要文化財を統合し、国宝1件として指定)
2020年 金剛山寺の木造二天王立像(唐招提寺講堂木造二天王立像と一具か)を重要文化財に指定
せきどよしおの仏像探訪記
ゆいまくんと百花さんの 21世紀国宝仏の旅