<仏教で平和を考える>

1話 古い道


「比丘たちよ、たとえば、ここに人ありて、人なき林の中をさまよい、ふと、古人のたどった古道を発見したとするがよい。その人は、その道にしたがい、進みゆいて、古人の住んでいた古城、園林があり、岸もうるわしい蓮池がある古き都城を発見したとするがよい。」
*『阿含経典1』(増谷文雄編訳、ちくま学芸文庫 、2012年)より引用。p268

 


大前提として書いておかなければならないことがある。
紀元前のインドで釈迦によって教えが説かれた時には、それが文字で書かれることはなかった。釈迦の死後文字化され、文章化されていったものが「お経(経典)」と呼ばれるものになる。お経の中には釈迦の死後早い時期に書かれたものもあれば、長く時間が経ってから書かれたものもある。なお、説かれた教えが伝わった道筋としては、シルクロードを通り、中国、朝鮮、日本へという北伝のルートと、スリランカや東南アジアへと伝えられた南伝のルートとがあった。

『阿含(あごん)経典』は釈迦の死後早い時期に書かれた経典類で、冒頭の文章は「雑(ぞう)阿含経」(北伝)、「相応部(そうおうぶ)経典」(南伝)と名付けられたお経からとったものである。増谷文雄(ますたに ふみお)さん(故人)という仏教学者が北伝、南伝の両方の経典を勘案して翻訳した著書から引用させていただいた。
「比丘(びく)たちよ」という呼びかけで始まっているのは、釈迦が弟子たちに話していることをあらわしている。比丘というのは、出家し、修行に励む男性の弟子たちのことである。
引用部分は「城邑(じょうゆう)」と題した章の後半に登場する「たとえ話」である。興味があれば、その前後も合わせてお読みいただきたい。

この話は、消えかけていた道を思いがけず見つけて、忘れられていた昔の美しい町を見つけるという、だたそれだけのものである。
しかし、美しい話だと思う。はじめて聞いても懐かしく感じられるようにも思えて、長く会わなかった旧友に思いがけず再会できたような気にさえなる。
美しい町、その園や池、しかしそこへ行く道は忘れられてしまっていた。誰も通わないからそこに道があることもわからなくなりかけていた。しかしよく見れば、昔の人が通った道だ、道のあとだとかすかにわかる。あなたは林で道に迷ってしまい、偶然にそれを見つけて、その道をたどる。

これは仏法のたとえ話であるから、古い道というのは悟りへの道を意味している。実際にこの話のあと、悟りへの正しい8つの道、「八正道」の話へとつながっていく。

しかし、私はこの悟りへの古い道を平和への道と読み替えることができるように思う。今の世界はまさに混沌として、見通しの悪い林の中に迷い込んでしまったようなもの。しかし、道はかすかになってしまっているかもしれないが、失われてはいない。私たちは見つけることができる。平和に向けて進むことができる。

 

 


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