6-3 勇壮+華やか+怜悧=文殊菩薩

 

百花さん えっ、こちらが文殊菩薩? 何かに乗ってる! こんなのはじめてよね。そして…でかい。

ゆいまくん 見上げるばかりの大きさだよね。像高はおよそ2メートルもある上に、獅子の像の背の蓮華座上に座っているから、ほんとうに大きく感じるね。全体でおよそ7メートルもあるんだ *。

百花さん 文殊菩薩は獅子の上に乗っているのね。

ゆいまくん 馬に乗ることを騎馬っていうよね。こちらの像は獅子に乗っているから、騎獅(きし)像というんだよ。この獅子は菩薩を乗せている聖なる動物なので、ケモノへんをはずして、騎師像ということもあるんだ。

百花さん 文殊菩薩の像って、こんなふうに獅子に乗っているのがスタンダードなの?

ゆいまくん 坐像、立像もあるけど、こうした獅子に乗った姿が多いんだ。

百花さん いやー、雄大って感じで、圧倒される。
 顔つきは…りりしいっ! 目はやさしく伏し目がちっていうよりも、しっかりと開いていて、目尻が少しだけつり上がっているみたい。広くとった額、ほどよく豊かなほお、口はしっかりと閉じて、口もとからあごにかけて引き締まっている。とってもステキな方ね(♡)。

ゆいまくん やさしさ、穏やかさよりも、こうした清らかに澄み切ったような顔立ちを「理知的」と表現するんだ。この仏像は、理知的な表情の仏像のまさに代表格だね。

百花さん 理知的かー。さすが、知恵の文殊さま!
 きりりとした顔つきに、華やかな冠や光背がまた、よくあっているね **。下から見上げているから見えにくいけど、結い上げた髪が冠の上の方まで高くしているのかな。ずいぶんと高く髪を結っていて、シャレオツ!
 服もすてきね。
 手に持っているのは、蓮の茎(くき)と剣? 知恵の仏さまが剣って、変な気がする。理屈でわからないヤツは、剣で目にもの見せてくれるぞみたいなこと?

ゆいまくん 菩薩なんだから、そんな物騒なことはしないよ。これは利剣といって、煩悩を断ち切るための知恵の剣なんだよ。
 着衣は、一般的な菩薩像とはかなり違っているね。菩薩像の多くは、条帛(じょうはく)という布をたすきにかけ、天衣(てんね)という長い布を肩から下げ、それ以外は肌を見せる姿だけど、この文殊菩薩像はそれとは違って、とてもおしゃれな服を上半身にまとっていて、肌を出している部分は少ないね。肘のところでは袖が花のように開いて、とても華やかな印象があるよ。胸や肩には大きな飾りを着け、胴はベルトで引き締めて、メリハリをつけている。ベルトの下側は、こまかく襞(ひだ)が重なり合っているね。
 この華やかな服は、がい襠衣(がいとうい、がいは衣へんに蓋)という名前で、もとはインドの高い階層の女性がまとう服であったものが中国に伝わってきたものなんだ。天部像ではがい襠衣を着けるものがあるけど、菩薩像ではとても珍しいんだ ***。

百花さん もともと女性ものの服なのね。お腹のあたりなんか、プリーツのついたかわいい服みたいだね。
 美しい服を着ているのは「女性的」ってことになるかな。そうすると獅子に乗って、剣を持っていたするのは「男性的」かな。でも表情は澄み切っていて、中性的? んー、これはヤバいキャラだ。美しさ、勇壮さ、深い智慧のすべてを兼ね備えているんだもんね。
 足は坐禅のように組んでいるのでなくて、左足を下げているのね。
 それで、まわりに4体の像が立っているけど、これは何? もしかして、脇侍なのかな。

ゆいまくん そうだね。4人の脇侍を引き連れ、獅子に乗った文殊菩薩像は、五台山(ごだいさん)文殊の姿なんだ。

 


(注)
* 文殊菩薩は像高は約198センチ。これは踏み下げた足は除いた座高の高さ。

** ただし光背は後補。光背には化仏7体をつけるが、このうち1体は当初の像である可能性がある。このほか、蓮華座、獅子、持物、胸飾りなども後補。本体は、裙の縁の部分は後補。

*** がい襠衣とは上半身にまとう美しい衣で、手首までおおう筒状の袖と肘にフリルのような襞をつけていることが特徴である。しばしば、肩に雲の形のような飾りを加える。
 平安時代~鎌倉時代につくられた仏教図像集に、がい襠衣を着用する16の尊像を見いだすことができる。その多くは、帝釈天、弁才天など天部像だが、般若菩薩などの菩薩5尊も載せられている。