長尾護国寺の天部形像、毘沙門天像
天部形像は伊吹山の神の姿をあらわすか
住所
米原市大久保1104
訪問日
2026年3月30日
この仏像の姿は(外部リンク)
長尾護国寺 縁起・文化財
拝観までの道
東海道線の近江長岡駅前から米原市コミュニティバス(まいちゃんバス)に乗車し、「大久保」下車。ただし、このバスは平日のみの運行。
下車後、東へ坂道を上る。お寺は集落の一番上にあり、時間としては5分程度なのだが、息が切れるような急坂である。周りには屋根の勾配をきつくしている家が目立ち、雪が多い地域であるとわかる。
拝観は事前連絡必要。
拝観料
500円
お寺や仏像のいわれなど
長尾護国寺は長尾寺、また惣持寺(そうじじ)ともいう。太古より荒ぶる神の山として知られた伊吹山の西麓に位置する古寺である。
創建は奈良時代以前といい、空海が巡錫し真言宗となったと伝える。その後三修という僧がこの地に来て、長尾寺を含む4か寺(他の3か寺は太平寺、観音寺、弥高寺)を伊吹山四大護国寺として整備したという。
鎌倉時代には49もの坊があったというが、織田・徳川と浅井・朝倉が戦った姉川の合戦の際の兵火にあい、さらに近代には村の火災で焼けてしまった。現在は寺内の1坊であった惣持坊が惣持寺として長尾護国寺の後身を引き受け、幸いにも助けられた2体の平安時代の仏像などの寺宝を守っている。
その2体の仏像はお寺ではともに毘沙門天像と呼び、かつての毘沙門堂の本尊とその前立ちであったそうだ。しかし、1体(前立ちであった方の像)は確かに毘沙門天の姿をとるが、もう1体は後述のように特異な姿をしており、天部形立像と呼ばれている。
拝観の環境
2像は近年建て替えられた毘沙門堂に安置され、近くよりよく拝観することができる。
天部形像について
天部形立像は像高約180センチ。広葉樹材を用いた一木造で、背中側からくりを入れている。9世紀までさかのぼる可能性がある古像である。
冠のようでもある不思議な形の兜をつける。後頭部から肩にかけては兜から垂れた防具で覆われる。
眉は吊りあがり、目はそのまわりも含めて丸々として飛び出さんばかりとし、口を大きく開ける。凄まじい怒りの表出だが、正面下方より拝観させていただくと、大笑しているようにも見えるから不思議である。
鎧を着けるがあまり模様を細かな彫出をしない。特に下半身では外套のようにも思える。
細身で、胴のところをさらに絞る。右足を半歩出し、安定感のある立ち姿である。
かつてはこの像は伊吹山に安置されていたと伝える。この特異な姿も伊吹山の荒ぶる神を投影したものか。
毘沙門天像について
毘沙門天像は像高約170センチ。クスノキかと思われる一木造で、背中側からくりを入れる。
平安時代後期風の落ち着いた立ち姿で、上品さが感じられる。横に立つ天部形立像があまりに迫力があるため本像はかすみがちだが、とてもよいお像である。左手は肩のあたりで宝塔を掲げ、右手は戟をとる。若干腰を左にひねり、右足を半歩出す。
まげは低く結い、天冠台は丁寧につくられている。口は閉じて、怒りの表情は抑えられている。
お腹は少し丸く、その上で紐で胴を締めている。足下に邪鬼を踏む。
さらに知りたい時は…
『近江の古像』、髙梨純次、著思文閣出版、2014年
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