安祥寺の十一面観音像

恵運による創建以前の古像

住所
京都市山科区御陵平林町22


訪問日 
2024年10月13日


この仏像の姿は(外部リンク)
吉祥山宝塔院安祥寺・御本尊



拝観までの道
安祥寺へはJR、京阪、地下鉄の山科駅から徒歩約10分。
駅の南側の「山科駅前」交差点から旧東海道を西へ3分ほど行き、吉祥山安祥寺と書かれた石柱が立つところで右折し、北へ。京阪線の踏み切りを越え、JRの下の狭いトンネルをくぐると、その先は登り坂となる。琵琶湖疏水を越えると安祥寺の入り口がある。
お寺のホームページで告知される特別拝観日のみ公開される。

吉祥山宝塔院安祥寺ホームページ


拝観料
特別拝観料として500円


お寺や仏像のいわれなど
安祥寺の創建は9世紀半ば。開いたのは空海の弟子実恵(じちえ)に学んだ恵運(えうん)である。恵運は入唐僧としても名高く、5年にわたって唐に滞在し、空海が学んだ長安の青竜寺をはじめ、五台山や天台山を巡拝した。帰国後、まもなく開いたのがこの安祥寺で、山腹の上寺と麓の下寺にわたる広大な寺域に唐直移入の新たな仏教の姿を展開したと考えられる。
しかし、戦国時代までには上下両寺ともに廃絶してしまったらしい。
近世になり、安祥寺は現在の地で復興を遂げるがそれも束の間、近代初期における廃仏の動き、また疏水による境内の分割、さらに20世紀初めには多宝塔が焼失と、安祥寺にとって厳しい時が続いた。
伝来する主たる寺宝には、創建時の作である五智如来像と唐から請来された蟠龍石柱があるが、どちらも京都国立博物館に寄託されている。特に五智如来像は、かつては多宝塔に安置されており、火災前に博物館に寄託されていたために難を逃れ、辛くも今日へと伝わったものである。

苦難が続いた歴史の影響と、主たる寺宝は博物館寄託となっているため、長く寺は非公開であった。
ところが近年、それまで見過ごされてきた観音堂本尊の十一面観音像が優れた古仏であることがわかった。2010年に奈良国立博物館で行われた「大遣唐使展」に出陳されたことを契機にこの仏像の存在が次第に広く知られるようになり、2019年からはお寺の特別公開が始まり、また境内の整備も進められた。
その後公開日も次第に増え、2024年の場合、上半期は5月から6月にかけての土日祝日を中心に数日間、下半期については7月から12月にかけての土日祝日を中心に30日間以上の日を公開日としてくださり、多くの人が訪れている。


拝観の環境
十一面観音像が安置される観音堂は照明はないが、南面していて外の光がよく入る。
拝観は、堂内、すぐ間近からできる。少し斜めから、また右横からも拝観できるようにしてくださっていて、角度を変えて見ると、また仏像のさらなる魅力が伝わってくる。


仏像の印象
観音堂本尊の十一面観音像は、安祥寺が恵運によって開創される以前、奈良時代後期にさかのぼる古仏と考えられている。元来の安置場所については不詳。
像高約250センチ、カヤの一木造。

まず印象的なのは、頭部の前傾である。半丈六の立像なので頭部はかなり高い位置にあり、それが拝観者と向き合うちょうど良い角度に前傾する。
実は、もともと曲がった材を用いているらしい。その材の中心部(木心)がどう通っているのかを調べて材の状態が推測すると、曲がった木であったことがわかるという。つまり、その曲がりを用いて、頭部が前傾しているというわけだ。さらに材には大きなウロがあったこともわかっており、使いにくいものをわざわざ用いたのは、それが由緒を持った霊木であったためといった理由が考えられそうである。
残念ながら、頭部の上半分と下肢の下半分は後補に変わっている。

全体的にはてらいがなく、オーソドックスで、落ち着いた雰囲気の仏像である。顔立ちも謹厳な雰囲気であり、体もほぼ直立する。プロポーションが良いが、手はあまり長くしない。
眉をあげ、鼻口が近く、口元は引き締める。顎の中央を窪ませているのがアクセントになっている。
条帛は脇腹のところをやや高めに横切り、その分お腹の丸みが強調されて見える。しかし、腰やもももあまりボリューム感はなく、肩幅もそれほどでもない。
左右の肩からの天衣は膝のあたりとその上で脚部を横切るが、その上にもう一本の天衣が腰から下がっているのは珍しい。


その他
観音堂には本尊像のほか、その左右に四天王像が2体ずつ安置されている。像高は150センチから160センチ台で、平安時代作。古様で素朴なつくりである。ただし伝増長天像(体をあまりひねらず、鎧の模様が簡素な像)は江戸時代の補作。
境内には大師堂や地蔵堂も建っており、拝観できる。大師堂は空海をまつるが、その横にはこのお寺を開いた恵運の像も安置されている。


さらに知りたい時は
『大遣唐使展』(展覧会図録)、奈良国立博物館、 2010年
「安祥寺 十一面観音立像」(『国華』1355号)、根立研介、2008年9月

「安祥寺の仏教彫刻をめぐる諸問題」(『皇太后の山寺』、上原真人編、柳原出版、2007年)、根立研介

『安祥寺の研究』2、第一四研究会「王権とモニュメント」編、2006年


仏像探訪記/京都市