霊山寺二十八部衆像、仁王像
3月第1日曜日に開扉
住所
静岡市清水区大内597
訪問日
2026年3月1日
この仏像の姿は(外部リンク)
テレしず・清水区・霊山寺「令和の大修復」終え千年前の仁王像帰還
拝観までの道
霊山寺(れいざんじ、大内観音)は駿河湾や清水の市街地を見渡せる山腹にある。
交通は静岡駅と清水駅間のしずてつジャストライン北街道線に乗車し、「大内観音入口」下車。「大内」の交差点から霊山寺の参道の入口まで北北西に徒歩20分。その手前から上り坂となり、杖が置かれた参道入り口からは山道である。つづら折りの急な登りを約20分行くと仁王門に着く。そこから本堂へはあと少し。
バス停からは40分から45分と考えておくとよいと思う。
なお、JRの最寄駅は草薙で、そこから参道入口までタクシーで行ってあと歩くということもできそうである。
堂内で拝観できるのは3月の第1日曜日のみ。
問い合わせ先は静岡市の歴史文化課
拝観料
志納
お寺や仏像のいわれなど
行基草創と伝える。真言宗寺院。雨乞いの霊験で有名であったという。
仁王門は16世紀前半、本堂は18世紀半ばの建築。
本尊は平安時代の千手観音像像(秘仏)。本尊厨子の左右に眷属の二十八部衆像が安置される。
拝観の環境
筆者が10時過ぎにバスを降りて参道の方に歩いて行くと、お寺のある山の方から太鼓の音が降るように聞こえてきた。この日の開堂を告げるものであったかもしれない。
10時40分ごろに本堂に到着、堂内で拝観させていただいた。
なお、そのあと11時から法要、また14時にも法要が予定されていた。
二十八部衆像はあまり広くない脇檀に3段で安置されている。重なり合っていたり影になっていたりもするので、よく拝観というのは難しいが、ライトもつけてくださっているので、まずまず見ることができる。
二十八部衆像について
霊山寺の二十八部衆像は28体が伝存(風神、雷神像も含む)し、本尊厨子の左右にそれぞれ14体ずつ置かれる。
このうち2体の像は銘文で鎌倉時代後期作とわかる。向かって右側の壇の前列1番右に安置される伝神母天像と、その1つ後ろの列の1番左、伝散脂大将像である。像高は80センチ台、一木造。ただし伝散脂大将像は後補部分が多く、頭部や手が後のものに変わっている。伝神母天像はおだやかな立ち姿の女神像で、伝散脂大将像に比べて当初の状態をよく伝えている。
これら2体の像の銘には1273年をあらわす年や仏師名も書かれる、仏師名は読み取りにくいが、「常陸法橋良禅」と記されているようだ。加えて伝散脂大将像の銘に「奉造立千手廿八仏」とあることから、もともと二十八部衆像として作られたものとわかる。
その他の像も概ね80~90センチの大きさであるが、中に2体、像高が60センチ台の小さな像(台座を高くして高さを調整している)がある。武装神将形の像で、この2体は伝神母天、伝散脂大将像よりも古く、平安時代にさかのぼる。別のセットであったものが転用されたものと思われる。
その他の像の多くは、室町時代前期ごろに作られたものらしい。素朴な造形であるが、鬼人の顔を持つもの、両手で頭を押さえるような格好をするもの、頭部に蛇が立ち上るようについているものなど、面白い像が多く、楽しい。
仁王像について
仁王門の仁王像は平安時代末期から鎌倉時代の作とされる。全体に傷みが進み、自立も難しくなっていたため、近年修復された。山道を人力で降ろし、修復を終えたのち再び人力によって仁王門へと戻された様子は、ニュース等で報道された。
像高2メートルを超え、内ぐりもない一木造である。四角張った顔で、腰を大きくひねって動きを出す。阿形像は左手を捻りながら金剛杵を持ち、吽形像は右手を開いて突き出す。勇壮な像である。
なお、修理前は後補の玉眼がはまって、巨大な目玉が滑稽に見えていたが、取り外して彫眼に戻された。
その他
仁王像の修復を記念し、本尊のご開帳が2026年5月31日(日)12時から15時まで行われるとのこと。
さらに知りたい時は…
『しずおかの古仏たち』(展覧会図録)、静岡県立歴史博物館、2025年
『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記篇』11、中央公論美術出版、2015年
→ 仏像探訪記/静岡県

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