観音寺の薬師如来像と観音菩薩像
客仏としてまつられる平安古仏
住所
下田市須崎615
訪問日
2025年12月4日
この仏像の姿は(外部リンク)
上原美術館・薬師如来像
拝観までの道
伊豆急下田駅の東南には伊豆半島からさらに突き出した小半島があり、地名をとって須崎(すざき)半島というらしい。観音寺はその南端、「須崎海岸」バス停(伊豆急下田駅から瓜木崎方面行き東海バス)の近く、北へ坂道を数分登ったところにある。
ただしバスの便数は多いとは言えない。駅から4キロ半くらいなので、駅周辺にあるレンタサイクルを使う手もある。
事前に電話で問い合わせたところ、いつでも扉を開いているのでどうぞということだった。しかしご法事等もあると思うので、やはり日時をお伝えしてお訪ねするのがよいと思う。
拝観料
志納
お寺や仏像のいわれなど
「須崎海岸」のバス停の脇には「民宿発祥」という碑が建つ。伊豆急の開通後この地域でオープンした民宿が伊豆の民宿の始まりであるという。近くには橋で渡れる恵比寿島という観光地もあり、昔から風光明媚な土地として知られたところであったようだ。
観音寺は江戸時代初期以来の曹洞宗寺院だが、それ以前真言宗の前身となる寺院があったらしい。その後、火災もあり、18世紀半ばに現在の場所に来たそうだ。
本尊は十一面観音。伊豆半島南部の「伊豆横道観音霊場」(33ヶ所の観音霊場)の21番札所となっている。
本寺に安置される薬師如来像と観音菩薩像はいずれも客仏で、平安時代の古像である。
拝観の環境
薬師如来像は本堂内、本尊に向かって左側、観音菩薩像は右側に安置されている。お堂は電灯をつけてくださるが、やや奥まったところに置かれた厨子の中なので、少し暗いが、近くよりよく拝観させていただける。
薬師如来像の印象
像高約80センチの坐像。針葉樹を用いた一木造で、内ぐりもない古様なつくりである。河津町縄地から移されてきたという伝えがある。同地は伊豆急線の河津駅の南側で、かつて金山があり栄えたが、閉山後は寺院は次々と移って行ってしまったと伝え、1寺院(地福院)のみ残る。伝承が本当であれば、そうした退転した寺院にまつられていた仏像であったのかなどと想像が広がる。かつては30年に1度のみ開扉される厳重な秘仏であったそうだ。
美しく、それでいて威厳を備えた仏像である。
地髪から肉髻にかけて大きくつくり、肉髻は自然な盛り上がりである。目、眉、鼻、口は立派に整い、頬はそれほど丸々とはつくらない。耳は大きい。
上半身は大きくつくり、少しそり気味にして座る姿も立派である。衣は太いが尖りはしない山と浅く削った谷が繰り返される。
脚部は小さく、ひだが規則的であり、後補とわかる。これほどの像であるので、当初の脚部がついていればさらに雄大な風であったろうと思うと、残念。他に手先や表面の仕上げなども後補。
観音菩薩像の印象
観音菩薩像は像高約150センチの立像。ヒノキかと思われる一木造。
「伊豆横道観音霊場」の22番札所であった補陀庵の本尊であったが、その維持管理が難しくなったためか、1つ前の札所である本寺に移されてきたものと思われる。
かつては60年に1度開帳される秘仏であったそうで、1980年代に上原美術館(当時は上原仏教美術館)による地域の仏像調査がはじまったときには、秘仏のため調べることができなかったそうである。現在はこのようにいつも参拝者に開かれていて、とてもうれしい。
ただし、本像も残念ながら後補部が多い。肩以下の両腕や表面の仕上げなどが後補。また、足先は失われている。さらに顔を割り矧いで玉眼を入れているのも江戸時代の修理の際に行われたことのようである。ただ、見開きがあまりないために、それほど目立たない。
このように後補部が多いが、それにもかかわらず、とても美しい像である。
頭部は小さく、どちらかといえば面長。目はあまり切れ長としない。小鼻、口は小さく、頬はあまり張らない。このように書くとあまり特徴がないようだが、実際には優しく華やかな雰囲気がある。
姿勢よくほぼ直立して立つ。右足をわずかに前に出し、腰をわずかに左にひねっているようにも見える。衣のひだは浅めにつくられている。胸や腹もあまり出さない。天衣は体の前で一筋横切る。
さらに知りたい時は…
『仏像でみる伊豆の平安時代』(展覧会図録)、上原美術館、2024年
『伊豆仏に出逢う』(展覧会図録)、上原美術館、2024年
『知られざる伊豆の仏教美術』(展覧会図録)、上原美術館、2020年
『伊豆の仏像 南部編』、上原仏教美術館、1992年
『下田の美術工芸品 調査報告書(文化財シリーズ 15)、下田市教育委員会、1982年
→ 仏像探訪記/静岡県

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