瑠璃寺の薬師三尊像
台座、薬壺まで当初のものが残る

住所
高森町大島山812
訪問日
2026年4月11日
この仏像の姿は(外部リンク)
瑠璃寺・瑠璃の里会館 瑠璃寺について
拝観までの道
瑠璃寺(るりじ)へは、JR飯田線の市田駅から高森町の「柿丸あったかバス」に乗車し、「瑠璃寺」下車(このバスは平日のみの運行。土休日は市田駅からタクシー)。または、中央高速バス伊那・飯田線の「高森」下車、北へ徒歩約10分。
拝観は事前連絡必要。ただし雨天時は不可となる。
筆者がうかがった時は、2026年3月から4月にかけて約半月間行われていた開帳行事中だった。本尊薬師三尊像はかつては秘仏だったが、今は厨子からお出ましになり、収蔵庫に安置されている。行事としてお開帳が催され、期間中は芸能の奉納や各種販売等が賑やかに行われた。2002年に開基900年を記念する開帳を行なって以来とのこと。
拝観料
500円
筆者がうかがったご開帳時は、パンフレット代として100円だった。
お寺や仏像のいわれなど
天台宗寺院。比叡山の観誉僧都という方が1112年にこの地を訪れて開かれたという。その地は今の寺地よりも2キロほど西の人里離れた場所であったそうだ。本尊の薬師三尊像はその頃の作とされる。
その後、お寺は現在地に移転するが、元の伽藍も奥の院として残されていた。そののち、織田軍が武田氏を攻めた際の戦火が及ぶと、元の場所(奥の院)に一時戻り、江戸時代前期に再度今の場所へと移転したのだそうだ。
拝観の環境
庫内でよく拝観させていただけた。
仏像の印象
本尊の薬師三尊像は平安時代後期の作。中尊は像高約90センチの坐像、脇侍は約1メートルの立像である。共にヒノキの割矧ぎ造。素木でつくられている。
定朝様を踏まえた落ち着いた作風ではあるが、顔は幅広に、面奥や体の奥行きは深い。どっしりと安定感ある座り姿は素晴らしい。
鼻梁は長くはないものの、大きく高い鼻をしている。口は小さく、顎も小さめにつくる。
珍しいことに、薬壺は当初のものらしい。また台座も当初のものというように、全体に保存状態が良い。
後ろは見ることができないが、後頭部と背中の真ん中あたりに節のある材を使っているそうで、何らかの霊木を使って彫られたのかもしれない。
脇侍は中尊に比べると若々しく、子どもを連想させるような姿である。
まげは低く結い、眉と目は接近、顎はとても小さく、頬は膨らんで、顔は横広がりのようにも見える。下半身の衣は厚く表現されている。
立ち姿は斜めになっているように感じるが、これは首と腰を曲げてバランスを取る立像の姿を目指し、結果的に中途半端となったものかとも見え、いっそう可愛らしさがつのる。
聖観音像について
三尊に向かって右側に立つ聖観音像は像高約170センチ、ヒノキの寄木造。
まげは低く結い、顔と胸は大きめに、胴は絞り、長い下半身は緩やかなカーブを描く。衣の線は浅い。
同じ平安時代の作でも薬師三尊像とはまったく異なる印象なのが面白い。おそらくこちらの像の方が後の時期、平安時代も末ごろに作られた像と考えられる。
さらに知りたい時は…
『大嶋山瑠璃寺 開基九百年記念誌』、大嶋山瑠璃寺、2012年
『長野県史 美術建築資料編 美術工芸』、長野県史刊行会、1992年
『瑠璃寺の秘宝(伊那谷の仏教文化1)』、飯田市美術博物館、1992年
→ 仏像探訪記/長野県
せきどよしおの仏像探訪記
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