青蓮寺の金銅阿弥陀三尊像
秋の彼岸中日に開扉
住所
桐生市西久方町1-10-1
訪問日
2025年9月23日
この仏像の姿は(外部リンク)
桐生市・文化財
拝観までの道
青蓮寺(しょうれんじ)は桐生駅北口からおりひめバス(桐生市のコミュニティバス)中央幹線(群大系統)または梅田線に乗車し、「群馬大学桐生正門前」かその1つ先の「天神町二丁目」で下車。
本尊の阿弥陀三尊像は鎌倉時代の中期~後期ごろの作。秘仏で、毎年秋のお彼岸の中日(秋分の日)に開扉される。
*時宗青蓮寺ホームページ
拝観料
志納
お寺や仏像のいわれなど
時宗の寺院。
寺伝によれば、源義家の子で、新田、足利両氏の祖である源義国が開いたとする。しかし、実際のところは鎌倉時代後期ごろに岩松氏によって上野国の新田領内に開かれたお寺らしい。岩松氏は新田、足利両氏の血を引く北関東の名族である。鎌倉時代後期に岩松政経が時宗の祖、一遍に帰依したと伝え、これは本尊の阿弥陀三尊像の推定造立年代と合致する。阿弥陀三尊像はいわゆる善光寺式三尊像であるが、一遍は善光寺に参籠しており、時宗寺院の本尊として相応しいともいえ、また、一遍は奥州に向かう際に北関東を通っているので、その折に岩松氏と接点があった可能性もある。以上のような、推測、可能性から、本像の造像背景が見えてくるように思える。
なお、本寺が現在地に移ってきたのは16世紀後半のことという。
拝観の環境
本像は本堂の後陣の厨子中に安置される。すぐ前で拝観させていただくことができた。
仏像の印象
金銅製で、像高は中尊が約45センチ、脇侍が33センチ、共に立像である。光背は失われている。
中尊は垂下した左の手で指を2本伸ばし、脇侍は高い冠をかぶって手を前で上下に重ね合わせる。この独特の姿は、「絶対秘仏」とされている長野の善光寺の三尊像の模刻(善光寺式三尊)とわかる。
しかし、本像は単なる模刻像ではない。鎌倉彫刻らしい自然な体つき、立ち姿であり、目鼻立ちは秀麗で、衣を美しくまとう。大変優美で、魅力的な像である。
中尊は、螺髪が美しく整い、髪際は中央でカーブしている。目は切れ長で、かすかに笑みを浮かべる。体はほぼ直立だが、控えめな動きが衣に伝わり、ひだが揺らいでいるようにも見えて、ゆかしい。
脇侍はほとんど左右で同じだが、手の重ね方が反対となり、また下半身の衣も若干変化をつけている。胴は絞る。顔立ちは清澄で、冠の模様も美しい。左右の手は、実はひと続きに鋳て、肩で取り付けているらしい。鋳造技術が非常に高度で、それがまた本像の美しさの源泉ともなっている。
肩にかかる髪や天衣の一部は切れてしまっているのが残念だが、全体として保存状態も非常によい。
その他
本堂中央に安置される阿弥陀三尊像は秘仏三尊像のお前立像と位置付けられている。修理時に像内より文書が見つかり、江戸時代前期の1635年に運慶の流れを汲む鎌倉仏師宗意によってつくられたものとわかった。
さらに知りたい時は…
「青蓮寺蔵銅造阿弥陀如来及び両脇侍立像」(『国華』1393)、川瀬由照、2011年11月
「新指定の文化財(美術工芸品)」(『月刊文化財』525)、文化庁文化財部、2007年6月
→ 仏像探訪記/群馬県
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