有林寺の鉄仏と祥泉寺の熊野本地仏

珍しい鉄の仏像と3体揃った熊野の神さまの本地仏

友林寺
友林寺

住所
相模原市緑区中野905(友林寺)
相模原市緑区中野1925(祥泉寺)


訪問日 
2026年5月13日


この仏像の姿は(外部リンク)
相模原市指定文化財 65.友林寺の鉄造聖観音菩薩立像
相模原指定文化財 66.祥泉寺の木造阿弥陀如来立像・木造薬師如来立像・木造千手観音菩薩立像



拝観までの道
現在は相模原市緑区となっている旧津久井郡相模湖町、城山町、藤野町、津久井町に展開する津久井観音霊場では、午年に本開帳、子年に中開帳が行われる。
2026年の本開帳は5月10日から23日までの2週間の期間で、43寺院(ただし1ヶ寺不参加)でいっせいに開帳行事が行われた(前回、2020年の中開帳はコロナ禍で開催せず)。
友林寺、祥泉寺はどちらも旧津久井町にあり、この観音霊場の寺院である。
友林寺の鉄仏、祥泉寺の熊野本地仏は霊場本尊の仏像ではないが、観音霊場の開帳の期間にうかがったところ、拝観することができた。

津久井観音霊場案内

なお、これらの仏像について、相模原市のホームページの文化財の案内の中に「拝観の際には、寺への事前連絡が必要です」という記載があり、開帳行事時以外でも事前連絡で拝観できると思われる。


拝観料
志納


友林寺について
臨済宗寺院。交通は橋本駅北口から神奈川中央交通(神奈中)バス橋1系統三ケ木(みかげ)行きに乗車し、「相模中野」下車、北へ徒歩10分弱。
創建は南北朝時代。もと相模川に近い、川を見下ろせるところに建っていたそうだが、城山ダムによって津久井湖ができたことで、現在の津久井湖の南側に移転した。耐火式の本堂はその時に作られたもの。
津久井観音霊場第7番札所で、本尊は聖観音像。


友林寺の鉄仏
友林寺には珍しい鉄造の聖観音像が伝わっている。像高は約40センチの立像。鎌倉時代後期から南北朝時代ごろの作。
霊場本尊ではなく、壇の端にさりげない様子で置かれている。近くで見ることができるが、やや暗い。
台座まで一鋳。前後の鋳型でつくられ、その隙間にバリが残るというが、目立つほどではない。右手先は欠失。

像表面は、鉄の鋳造という難しさと、錆の影響もあり、くっきりとはしていない。しかし、姿勢や頭体のバランスはよく、お腹のあたりで両手を近づけるしぐさの自然さ、すっきりとまとめた脚部のラインは見応えがある。口もとは引き締め、鼻や耳は大きくつくり、目や眉はくっきりしてはいないが、落ち着いた穏やかな雰囲気の像である。


祥泉寺について
臨済宗寺院。交通は橋本駅北口から神奈川中央交通(神奈中)バス橋1系統三ケ木行きに乗車し、「祥泉寺」下車。または終点の「三ケ木」からも歩ける距離(徒歩10分強)。友林寺からも西へ20分くらいで歩ける。
創建は室町時代前期という。熊野社を和歌山から勧請し、熊野堂を建てたことが始まりらしい。
本堂はもと庄屋の屋敷を移築、改築したものだそうだ。本尊は釈迦三尊像。札所本尊は聖観音で、廃絶したお寺から移されてきた像。ほかにも他寺から来た像が本尊の脇に安置されている。
津久井観音霊場の12番札所


祥泉寺の熊野本地仏について
祥泉寺には、熊野の主祭神3神(本宮、新宮、那智の神さま)の本地仏である阿弥陀如来、薬師如来、千手観音の3像が伝えられている。もと、境内の熊野神社にまつられていたものという。
普段は本堂の本尊の脇の高いところに安置しているが、観音霊場の開帳の際は見えやすいところに置いてくださっていた。

像高は30センチ前後の立像で、一木造、内ぐりはもうけられていない。16世紀に北条早雲をはじめ、津久井の城主となった武将により数度にわたり熊野社の修造が行われた記録があり、その頃につくられたのだろうと考えられている。
如来像の手は後補。また千手観音像の脇手も14本となっているが、この時期に作られた熊野の神の本地仏の像が3体揃って伝わるのは貴重である。

如来の2像は螺髪でなく、渦を巻いたような髪。千手観音の髪は高いまげと立体感のある髪束で表現されている。顔立ちは端正で、ほおは豊かに、唇は小さいがやや突き出すようにしている。体はがっしりとしているが、あまり抑揚はない。斜めから見ると四角張っている。衣は細かい線を多く刻んで、両足は少し開き気味にして安定感のある立ち姿をしている。


さらに知りたい時は…
『相模川流域のみほとけ』(展覧会図録)、神奈川県立歴史博物館、2020年
『津久井町史 文化遺産編』、相模原市、2018年 
『神奈川の金銅仏 銅・鉄の仏たち』(展覧会図録)、神奈川県立博物館、1988年


仏像探訪記/神奈川県

祥泉寺
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