福寿寺の千手観音像

平安時代後期の基準作例

住所
近江八幡市馬淵町469

 


訪問日
2023年11月2日 



拝観までの道
福寿寺へは、近江八幡駅南口から近江鉄道バス長峰線、八幡・竜王線、日八線で「岩倉」下車。バス停の東側の細い上り坂を上がっていくと、まもなくである。最寄り駅は近江鉄道八日市線の武佐(むさ)で、そこから歩くと約35分。
拝観は事前連絡が必要。
なお、少し北側にある(近江八幡駅からのバスのひとつ手前の停留所の近く)には、福寿寺と同様平安時代の千手観音像を本尊とする冷泉寺がある。


拝観料
500円


お寺や仏像のいわれなど
福寿寺は黄檗宗寺院。平安前期開創と伝え、もとは天台宗であったが、信長によって焼かれたと伝える。
江戸時代前期の再興時に黄檗宗となった(黄檗宗の寺院は、衰退したり、廃絶したりした寺院を受け継ぐ形で開かれることが多いとのこと)。
本堂は西面する。琵琶湖をはさんで、比叡山を向くようにして建てられているのだそうだ。本尊厨子の左右には達磨像、韋駄天像が安置されており、これらは黄檗宗寺院らしい仏像である。


拝観の環境
本尊の千手観音像は本堂中央の厨子中に安置され、堂内近くよりよく拝観できる。


仏像の印象
千手観音像は像高約110センチの立像。カヤ系の材を用いた割矧ぎ造。それほど大きな像ではないが、力強い立ち姿、威厳のある顔立ちは、とても魅力的である。
目は比較的見開きが大きい。額は狭めで、鼻口の距離は短い。ほおは張る。口はしっかりと結んで厳しさが感じられる。
なで肩で、上半身や腰はしっかりと横幅をとる。斜めから見ると正面以上に肉付き豊かで、若々しい。下半身を長くとり、足首へと細くなっていく。
衣のひだは浅く、省略気味だが、布の質感がよくあらわされている。
頭上面、脇手などは後補。

像内に銘文と納入品がある。
銘文は、像の前面の材の裏側、上部(胸のあたり)に大きく千手観音をあらわす梵字が描かれ、下半身には千手観音の陀羅尼が書かれる。裏面には、願主として中原貞俊はじめ多くの一族の名前、作者として仏師長順、制作年として1170年の年が書かれる。
納入品としては、鏡、印仏、籾(3合)が籠められていた。


その他
福寿寺は庭園も有名で、開山堂から本堂へ続く回廊(通幽橋)から見ることができる。巨石を用いた力強い石組みの庭となっている。


さらに知りたい時は…
『近江八幡の歴史』9、近江八幡市史編集委員会、2021年
『日本彫刻史基礎資料集成 平安時代・造像銘記篇』4、中央公論美術出版、1967年


仏像探訪記/滋賀県