武道天神社境内収蔵庫の聖観音像

平安時代中期の貴重な基準作例

住所
守山市矢島町1222


訪問日 
2025年11月10日


この仏像の姿は(外部リンク)
歴史のまち守山(指定文化財・彫刻)



拝観までの道
武道天神社は守山駅から佐川美術館、膳所駅方面行きの近江鉄道バスに乗車し、「洲本」下車。西南に徒歩約10分。
境内に収蔵庫があり、平安時代中期の聖観音像が安置されている。
拝観は事前連絡必要。問い合わせ先は守山市文化財保護課。


拝観料
志納


お寺や仏像のいわれなど
本像は、もとはこの神社に隣接する普門院観音堂に安置されていたらしい。その後、近くにある真光寺(もと真言宗、中世より浄土真宗)に属したが、現在では守山市が管理し、地域の人々によってお守りされている。

1965年の修理の際に銘文が見出され、1029年から1036年にかけて造立、供養されたことがわかった、銘には意味の取りにくいところもあるが、梵釈寺供僧、慶秀、僧頼勢、小仏師、壇越、僧覚晴、女弟子といった人物名や言葉が書かれる。このことから、造立には桓武天皇の御願によってつくられた近江の古刹、梵釈寺(平安時代末期に争乱に巻き込まれて焼かれ、以後衰亡)との関わりがあったらしいと知られる。


拝観の環境
庫内近くより、よく拝観させていただけた。


仏像の印象
像高約90センチの坐像。カヤの一木造で、大きく背グリがあり、背板を当てる。この背板に墨書銘が書かれている。
かつては2度にわたって表面が後補されていたが、20世紀の修理時にそれがすべて取られた。したがって今見えている漆箔(一部金色が残ってもいる)は造立当初のものである。
写真では素地が見えているところと漆地が残るところがまだらで、顔つきもきりりとは見えず、若干ぼやけた印象があったが、実物はまったく異なる。写真と実際が随分違うということはままあるが、この像はまさにそうで、近くで拝観させていただくと素晴らしい姿の仏像とわかる。

丸顔で、鼻筋はよく通り、口もとを引き締める。額は広めに、あごは小さめにつくる。

天冠台の下の髪の束はあまり厚みはない。正面に小さめで清楚な冠をつける。髷は低めだが、頂上から左右へと美しく垂らす。面奥は深い。
左手はてのひらをこちらに向け、右手は足の上で上に向けるが、その左右の手のバランスを取るために右肩を少し後ろに引いているのが心憎い。
胸は厚く、なかなかのボリューム感を出し、胴は引き締める。
脚部は左右によく張る。左足を上にして組む。


さらに知りたい時は…
『大湖南展 栗太・野洲郡の風土と遺宝』(展覧会図録)、安土城考古博物館、2017年
『日本彫刻史基礎資料集成 平安時代 造像銘記篇』1、中央公論美術出版、1966年


仏像探訪記/滋賀県