清巌寺の鉄塔婆

  珍しいの鉄製の板塔婆

住所

宇都宮市大通り5-3-14

 

 

訪問日 

2011年2月27日 

 

 

この仏像の姿は(外部リンク)

とちぎの文化財

 

 

 

拝観までの道

清巌寺(せいがんじ)は、JR宇都宮駅西口から西北に徒歩5分ほどのところにある。

鎌倉時代後期の珍しい鉄製の塔婆を伝える。

門を入ったすぐ右の収蔵庫に安置され、拝観自由。 

 

 

拝観料

特になし。

 

 

お寺や仏像のいわれ

浄土宗寺院。13世紀前半に宇都宮頼綱が創建した念仏堂(現在のJR宇都宮駅の東方にあったらしい)を、16世紀後半に宇都宮氏家臣の芳賀氏が現在地に移したことにはじまる。

 

このお寺に伝わる鉄塔婆は14世紀前半の作で、同じ宇都宮市内にあった東勝寺(13世紀後半の創建、天台宗)に奉納されたが、このお寺が16世紀に廃寺になると、清巌寺に移されてきたという。 

 

 

拝観の環境

収蔵庫に入ると、ガラスで隔てて鉄塔婆が見える。扉を閉めてしまえば背景の写り込みがなくなって、よく見える。

 

 

仏像の印象

細長い板状で、総高で3メートルを越える。上部は三角になり、阿弥陀を示す梵字、阿弥陀三尊像、その下に70文字の銘文が書かれ、最下部には蓮台を示す模様がある。鉄製ということもあって雄渾な印象がある一方、とても丁寧な造りでもある。

関東では、青味がかった石を用いてこうした塔婆とつくることが多く行われたが、この作品はそれが鉄製であるという点が非常にめずらしい。

 

阿弥陀三尊像は肉厚に浮き彫りされている。雲に乗って来迎する姿で、誇張のないバランスよい像。衣の流れも自然である。阿弥陀如来像は正面を向き、脇侍は内側を向くが顔は正面向き。ただし、表情までは肉眼ではよくわからない。脇侍像は向って左の勢至菩薩は合掌し、観音菩薩はかいがいしく蓮台を差し出しているようで、親しみを感じる。

 

銘文には鎌倉末期の1312年の年がある。願主については明記されていないが「孝子」とあり、亡親の冥福のためのものと思われる。領主の宇都宮貞綱が母の十三回忌のためにつくらせたものと考えられている。

 

中程に継いだあとが見えるが、これは江戸時代に暴風雨で折れたためだそうだ。 

 

 

その他

栃木県立博物館の常設展示室にレプリカが展示されている。

 

栃木県立博物館ホームページ

 

 

さらに知りたい時は…

『日本の鉄仏』、佐藤昭夫ほか、小学館、1980年

『下野の仏像』、野中退蔵、月刊さつき研究社、1976年

「宇都宮氏とその造仏」(『Museum』144)、佐藤昭夫、1963年3月

 

 

仏像探訪記/栃木県