専修寺の阿弥陀三尊像

房総半島から来た美しい三尊

住所
品川区荏原1-1-3


訪問日 
2026年6月1日


この仏像の姿は(外部リンク)
品川区 木造阿弥陀三尊像



拝観までの道
専修寺(せんしゅうじ)へは、東急目黒線の不動前駅から徒歩約10分。東急池上線戸越銀座駅からも歩ける。
拝観は事前連絡必要。


拝観料
志納


お寺や仏像のいわれなど
浄土宗寺院。16世紀に青山で創建されたといい、その後移転を繰り返し、現在の場所に移ってきたのは2000年代に入ってからだそうだ。その間、戦災で本尊が失われたらしい。
今の本尊は戦後まもなく千葉、市原の光明寺(天台宗)の客仏を譲り受けたものとのこと。ご住職のお話では、石工さんからの紹介で話がまとまり、大八車に乗せてお移りいただいたという。市原といっても沿岸部でなく、房総半島中央のあたりのようで、ただでさえ大変な戦後まもない時期にその距離を運ぶというのはとても難儀なことであったろう。
それ以前は同じく千葉、市原にあった正福寺にあり、このお寺が1940年に光明寺に合併したことで、光明寺の客仏となっていたということのようだ。
像内には16世紀はじめの修理銘がある。これを造立年代ととって、かつては室町時代の作とされていた。近年再調査され、平安時代末から鎌倉時代の作として位置付け直された。


拝観の環境
堂内は明るく、外陣からだがよく拝観させていただける。左右からも見ることができる。


仏像の印象
像高は中尊が約70センチの坐像、脇侍は観音菩薩像(向かって右)が約83センチ、勢至菩薩が約88センチである。三尊とも針葉樹材(ヒノキか)の割矧ぎ造。台座、光背、表面の古色仕上げのほか、一部の指や足先などが後補。全体的には保存状態は良好と言うべきだろう。
中尊は定印だが、脇侍は観音は蓮華を取り、勢至は合掌する来迎の形。

両脇侍の像高だが、わずか5センチとはいうものの、前から見て十分に気がつく差である。ほかにも、顔つきや体型が勢至菩薩の方が細身であり、まげ(髻、もとどり)のつくりも異なる(観音はまげを頭体と共に彫り出す。勢至のまげは別材。これは後補なのだが、当初から別材製と思われる)。こうした違いから両脇侍の造像は時間差があると考えられ、定朝様を受け継ぐ中尊、同じく穏やかな雰囲気の観音像は平安時代(末期)、一方勢至菩薩像は胴を絞る、胸の豊さを見せる等メリハリがきいており、鎌倉時代(初期)に入ってからと考えられる。勢至菩薩像のみ遅れての造像となったのかは不明。

中尊はお椀を伏せたような大きな肉髻で、螺髪の粒は細かくよく整っている。額は広く顎は小さくつくる。目は切れ長とし、眉は長く引いている。顔は俯き加減にして、とても穏やかである。
ゆったりと座り、流れるような衣の線も美しい。
脇侍像も眉を長くし、口もとはわずかにほころんでいるようにも見えて、慈愛に満ちているようである。腰を中尊の側に捻って立つ姿も美しい。


修理銘について
中尊の像内の修理銘などから、正福寺の阿弥陀三尊像として1508年に修理されたことがわかる。修理に当たった仏師の名前は、「鎌倉仏所」「言」の字が読めるだけで、それ以上はわからない(「言」は「中納言」「少納言」といった仏師の名乗りか)。


さらに知りたい時は…
「 東京都品川区・専修寺阿弥陀三尊像(上総正福寺旧像)考」(『清泉女子大学人文科学研究所紀要』39号)、山本勉・荻野愛海・花澤明優美、2018年
「専修寺の阿弥陀三尊像」(『清泉文苑』35)、 山本勉、2018年


仏像探訪記/東京都