仏谷寺の諸仏
重厚で個性豊かな木彫群

住所
松江市美保関町美保関530
訪問日
2025年7月22日
この仏像の姿は(外部リンク)
しまね観光ナビ
拝観までの道
仏谷寺(佛谷寺、ぶっこくじ)は、島根県東部の島根半島の東端、美保関(みほのせき)町にある。松江市の美保関コミュニティバス美保関線の終点「美保関」から北へ石畳の緩やかな登り坂を徒歩5分弱。
「美保関」バス停までは、米子駅からならばJR境線に乗車し、境港駅前から松江市のコミュニティバス境港線に乗車し「宇井渡船場」で乗り換え。松江駅からは、一畑(いちばた)バスで「美保関バスターミナル(万原)」まで行き、コミュニティバスに乗り換えて、終点の「美保関」下車。
*美保関コミュニティバス
拝観は事前連絡して行くのがよい。
拝観料
300円
お寺や仏像のいわれなど
浄土宗寺院。平安前期草創の前身寺院があり、真言宗で三明院という寺名であったと伝える。
山門を入ると、左に本堂、右に大日堂が向かい合って建っている。大日堂は古仏を安置する収蔵庫(宝物殿)であるが、そこに大日如来像の姿はない。かつて真言宗だった時代には大日如来をまつっていたという歴史を大切にして大日堂と名付けたということらしい。
浄土宗寺院として再興されたのは、16世紀前半のことという。
大日堂の正面壇上には、中央に薬師如来坐像、その左右に2体ずつ、計4体の菩薩立像が安置されている。お寺ではこの4体について、日光菩薩、月光菩薩、虚空蔵菩薩、観音菩薩と伝えている。これら壇上の5体は10世紀ごろ、平安時代前期から中期にかけての頃の作と思われる。
このほか、壇下に2体、傷みが進んだ阿弥陀如来坐像と小ぶりな毘沙門天立像が置かれている。
拝観の環境
堂内近くよりよく拝観させていただける。正面の壇は、横や背面にも回って見ることができる。
薬師如来像の印象
薬師如来像は像高1メートル強。イチイの一木造で、内ぐりもない古様なつくりという。
実に重厚で、また個性の強い魅力的な像である。
頭部はまるでニット帽をかぶったようで、これは肉髻を明確な段を設けずにつくっているからである。こうした印象を受ける平安木彫像はほかにもあるが、本像の場合、肉髻がとても高く盛り上がっている。額も狭くて、帽子のたとえで言えば目深にかぶっているような印象を受ける。この頭の部分を見ただけでもとても強く惹きつけられて、本像の虜とならずにはいれられない。
目は見開きがあるが、それほど切れ長にはしない。小鼻は小さいが、鼻梁は太く力強い。口はやや小さめだが、上唇は太く飛び出し気味につくる。さらに、弧を描く眉がとても力強い。
この個性あふれる頭部を支える首は太く、そこに刻まれた三道の線がまた力強い。
いかり肩。両肩を覆う衣の端が立ち上がっているのが珍しい。胸は広く、脇はしめるものの、全体的には伸びやかに座っている印象がある。胸や腹の盛り上がりはそれほどでもないと感じるが、横から見ると全体の奥行きはとても深く、とにかく雄大である。腹の上に2本線が刻まれているのも目を引く。
しかし、この腹の上の線にしても、また胸の下の線もやや単調にも見え、衣の左胸のところにつけられた渦巻きの文も力強さに欠けて、形式化ということを感じないでもない。また、腹の包む衣の線は太く、力強いが、脚部、特に膝のところには線を刻まない。ただし、像の表面は後世に直されているところもあるので、このあたりは慎重に見るべきかとも思う。
足は右を上にして組む。衣の下のふくらはぎが豊かに盛り上がっている様子も素晴らしい。
4体の菩薩立像について
薬師如来像を挟んで左右2体ずつ立つ菩薩形の立像も魅力的である。それぞれ一木造で、材はヒノキか。
4体中、特に印象深いのが薬師如来像に向かって左隣りに立つ伝虚空蔵菩薩立像である。像高は約170センチ。奥行きがたっぷりして、重量感のある像である。首を少し傾け、左の膝を曲げて前に出すようにして、動きのある体勢を見せている。斜めから見ると本像の造形の妙が一層よくわかる。
高い冠を着ける。両眉がつながっているように表現され、目は浅く、顎は尖り気味につくられる。実に神秘的な表情である。
上半身は短く、その分胸がゆったりととられず、下半身を長くする。下半身を横切る天衣はからんでW字のようになり、さらに折れ曲がって渦文をつくる。衣のひだは太い線をつくり、斜めから見上げると複雑に衣が重なり合っているようにも見える。
その向かって左(壇上の左端)に立つのが伝観音菩薩像で、像高約170センチ。
本像も、伝虚空蔵菩薩像に劣らず個性的な表情をしている。
目は釣り上がり気味で、太い鼻梁、少しへの字になった口は、やや怒ったような顔つきにも見える。
胸飾りや肩にかかる髪が共木から彫られており、古様さが感じられる。
ゆったりと大きな体つきで、下肢の衣のひだは太い。
薬師如来像の右側に立つのが伝日光菩薩像である。像高は170センチ弱。
全体に細身、顔は小さめで丸顔、下半身はとても長い。胴は強く絞る。条帛は2箇所(肩の下あたりとお腹の上)でからめて、端を下から出して垂らし、お腹を巻いているところは広くなっている。全体の印象も魅力的だが、こうした細部も面白い。
最後に向かって一番右側に立つ伝月光菩薩像は像高160センチ弱と、4像の中ではやや小柄である。顔立ちは素朴で、衣は細かくひだを刻むが全体の印象としてはぎこちない。側面、背面に回るといくつか大きな節があるのが見え、良木でないものを用いていることがわかる。霊木とされた木を用いてつくられた像であったのかもしれない。
さらに知りたい時は…
『松江の仏像 その時代とかたち』( 松江市ふるさと文庫32)、的野克之、2022年
『祈りの仏像 出雲の地より』(展覧会図録)、島根県立美術館、2022年
『島根の仏像』(展覧会図録)、島根県立古代出雲歴史博物館、2017年
『西の国の仏たち』、柳生尚志、山陽新聞社、1996年
「古仏への視点11 島根・仏谷寺の仏像群」(『日本美術工芸』662)、井上正、1993年11月
『仏像を旅する 山陰線』、至文堂、1989年
→ 仏像探訪記/島根県