双林寺の薬師如来像、二天王像

5月8日、9日に開扉

住所
栗原市築館薬師台1-1


訪問日 
2026年5月8日


この仏像の姿は(外部リンク)
双林寺の文化財



拝観までの道
双林寺(雙林寺)のある栗原市は宮城県北西部にあり、かつての栗原郡10町村が合併してできた市である。市域は広く、北は岩手、北西で秋田県と接する。
双林寺があるのは栗原市東部の旧築館町で、バス停「築館」から南へ徒歩5分ほど行った小高い丘の上である。
「築館」へは、東北新幹線のくりこま高原駅から仙台駅前行きの東日本高速バスかミヤコーバス、栗原市民バスに乗車する。ほかに古川駅からの路線もある。

薬師如来像、二天王像、地蔵菩薩像は収蔵庫に安置され、5月8日、9日に拝観することができる。


拝観料
300円


お寺や仏像のいわれ
双林寺のはじまりは奈良時代後期という。時の孝謙天皇が病となり、原因を占わせた。すると、東北の地に1本の大杉があり、高さは雲を凌ぎ、枝は四方に広がってその下は夜のように暗い。木には精が宿り、その力が都にまで及んで天皇の病気を引き起こしているという。使いを遣わして探させたところ、今の双林寺がある場所に立つ木がそれとわかったので、切らせることにした。切ると真っ赤な血が出たが、一晩で元通りになる。再び占い、そこから北東の野に生えているちがやを切り口に詰めるとよいとのことだったので、そのようにするとついに木を切り倒すことができ、天皇の病も癒えた。天皇はその杉のあった地にお堂を建てさせた。
しばらくのちに、最澄が薬師像を刻んで安置した。これが現在の薬師堂本尊の薬師如来像だという。双林寺は杉薬師ともいうが、こうした伝承から、また現在も境内に杉の古木が見られることからそのように呼ばれているのだと思われる。
面白いのは、大杉は切られておしまいで、その木から仏像を刻みまつったといった話になっていないところである。また、魔除けになるというちがやの力で杉を切ることができたという伝えも興味深い。

双林寺の薬師如来像は、実際には平安時代中期の作。お寺に伝わる近世の棟札の中に10世紀半ばの建立を記すものがあり、本尊がつくられたと思われる時期とよく合う。その頃の創建、造像と考えることもできそうである。
宗派はかつて天台宗で、興福寺という寺名だったらしい。のち荒廃し、江戸時代に再興されて、以後、曹洞宗双林寺として現在に至る。
薬師如来像をまつってきた薬師堂(瑠璃殿)は江戸時代の建物。その裏手に収蔵庫が設けられ、薬師如来像をはじめとする仏像が移されている。


拝観の環境
庫内、近くよりよく拝観できる。


仏像の印象
薬師如来像は像高約120センチの坐像。ケヤキの一木造で、脚部の大部分を含んで1本の木から彫り出され、内ぐりもほどこさない。
肉髻は高く、螺髪は現状ない(失われた?)。顔は小さめだが、もし大ぶりな螺髪がついていたならば、かなり印象が変わるだろう。
額は狭く、目は切れ長で眉は高々とは上げないが長く美しい線を描く。ほおは適度な膨らみをしている。口は小さめでしっかりと結んでおり、上くちびるがなかなか表情豊かにつくられている。

上半身は大きく、逞しい。斜めから見ると、量感豊かで、迫力ある造形とわかる。お腹に2本線を刻むが、これは平安時代前期に京都や滋賀などで多くつくられた天台の薬師像によく見られる形とされる。
肩はしっかりと張るが、よく見ると薬壺を持つ左のてのひらが左足のふくらはぎの上に来るように少しだけ肩を引き、また左の膝を右よりもわずかに前に出している。細部まで気を遣ってつくられていることがわかる。
全身をくるむ衣は細かい線を連ね、特に左の肩のあたりでは太い線と細く尖った線を交互に刻む。
腰はすとんとお尻を落とすのでなく、少し高めにして、脚部を左右に大きく張り、安定感を出す。左足を上にして座る。

薬師如来像の左右に天部像が立つ。向かって右が持国天、左が増長天とお寺では伝えている。一木造で、邪鬼まで共木で彫られており、本尊と同じ平安時代中期ごろの作と思われる。像高は155センチ前後。
両像とも腕を失っているが、手の付け根や腰のひねり、足のあげ方は左右の像は相称で、持国天像は開口し、増長天像は閉口する。増長天像の方が傷みが進み、顔立ちがよくわからなくなっているのが残念。
全体に諧謔味のある豊かな表情で、動きも大きく、コミカルだが、卑俗に堕していない。姿勢は腰のひねりを大きくして、まるで邪鬼をボードにしてサーフィンをしているようだ。その邪鬼も、傷んだ部分はあるがとてもユーモラスな姿、形をしていて面白い。


地蔵菩薩像について
向かって左の壁側に地蔵菩薩像が置かれている。像高約170センチの立像。一木造。
ほおや腰がてらてらとしているのは、悪いところを撫でれば治るといった信仰によるものか。実際、かつてはおびんずる様と呼ばれていたこともあったらしい。また子どもが両手で抱えて、軽くなれというと本当に軽くなり、逆に重くなれというと重くなったという言い伝えがある。
そんなふうに親しまれてきたためか、鼻、両手先、両足先などを失い、また表面も磨滅している。
顔立ちは優しく、胸は豊かにあらわされ、小顔で体躯は長い。ほぼ直立するが、腰をやや捻って立っているようにも見える。全体としては量感が強調されておらず、薬師如来像や二天王像よりもあとの時代の作と思われる。
衣のひだは細かく刻まれている。


さらに知りたい時は…
「ほっとけない仏たち103 雙林寺の薬師如来」(『目の眼』574号)、青木淳、2024年7月
『みちのくの仏像』(展覧会図録)、東京国立博物館ほか、2015年
『みちのくの仏像』(『別冊太陽 日本のこころ』200)、平凡社、2012年10月
『祈りのかたち 東北地方の仏像』(展覧会図録)、東北歴史博物館、1999年


仏像探訪記/宮城県