安養寺の阿弥陀如来像
毎年3月、9月の彼岸の期間に開扉
住所
田原本町大字八尾40
訪問日
2008年6月29日、 2026年3月20日
この仏像の姿は(外部リンク)
拝観までの道
安養寺は田原本駅の北、徒歩20〜25分くらいのところにある。1つ北の石見駅からは南東に徒歩約20分。
町の中央部を南北に流れる寺川(大和川支流)の西岸にあり、お寺の入り口は南側。
田原本駅前にレンタサイクルがあるのでそれを利用することもできる。
客仏の阿弥陀如来像の拝観は毎年3月、9月の彼岸の時期に開帳の期間を設けられる。それ以外は拝観を受け付けていない。(期間中の土日祝日と平日とで時間が異なるので注意)
→ 安養寺・快慶仏
拝観料
500円
お寺や仏像のいわれ
安養寺は浄土宗寺院。行基開山との伝えもあるが、実際には江戸時代前期に開かれた。
客仏の阿弥陀如来像はもとは近隣の浄国寺というお寺に廃絶した寺院に伝えられてきたが、近代初期の廃仏の時期にこのお寺に移されてきたという。
拝観の環境
収蔵庫まで入れていただけるので、近くから、また側面からも拝観することができる。
仏像の印象
阿弥陀如来像は像高約80センチの立像で、片足をわずかに前に出し来迎する、いかにも快慶様の仏像である。肉付きよく、また衣も自然で誇張がない。安定感、存在感ともに備わる。もともと金泥で、切り金で仕上げていたようだが、現在は全体に黒ずんでいるものの、一部金色が見え、また衣の端には二重の切り金線を見ることができる。ヒノキの割矧(わりは)ぎ造。
足のほぞに「巧匠安阿弥陀仏」「□阿弥陀仏(1字判読不能)」「生阿弥陀仏」という墨書銘が残る。このうち後2者は、当初の銘で、この像の有力な結縁者でもあろうか。「安阿弥陀仏」は快慶であり、「法橋」や「法眼」という位を得る以前に用いていたことから快慶前半生の作(13世紀初頭ごろ)と考えられ、また仏像の様式からもそう考えることができる。
ただし、この銘は近世の書き直しである。おそらく、当初銘が擦れる等で見えなくなってきたことから、削って書きなぞったものと思われる。なお、解体修理は行われていないが、X線写真による調査は行われていて、それによると他の快慶作品にもあるものと同様の納入品が像内に納められていることがわかっている。
光背、台座は後補。
その他
本寺は「おてらおやつクラブ」の事務局があるお寺としても知られる。
さらに知りたい時は…
『快慶』(展覧会図録)、奈良国立博物館ほか、2017年
『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記篇』2、中央公論美術出版、2004年
『日本彫刻史の視座』、紺野敏文、中央公論美術出版、2004年
『運慶・快慶』(新編名宝日本の美術13)、金子啓明、小学館、1991年
『月刊文化財』261、1985年
『田原本町の仏像』、田原本町教育委員会、1984年
せきどよしおの仏像探訪記
ゆいまくんと百花さんの 21世紀国宝仏の旅