吉祥寺の諸仏

異形の像にも出会えます

収蔵庫
収蔵庫

住所
有田川町粟生285


訪問日 
2026年2月24日


この仏像の姿は(外部リンク)
ロカルわかやま・吉祥寺(不動明王、二童子像)



拝観までの道
有田川(ありだがわ)町は和歌山県中北部にある町で、有田川沿いに東西に長い町である。西はもう少しというところで海には面せず、東の端は奈良県に接する。
西の端を南北に紀勢線が通り、藤並駅がこの町唯一の鉄道駅である。
吉祥寺(きっしょうじ)へは藤並駅から有鉄バス花園行きに乗車し、「榎瀬橋」下車、北西に上り坂を5分くらい。
拝観は事前連絡必要。


拝観料
10人まで3000円(10人以上の場合、1人あたり300円)。


お寺や仏像のいわれなど
吉祥寺の門前より下を見ると茅葺きの建物が見える。吉祥寺管理の薬師堂である。現在収蔵庫に移されている仏像は、かつてはこの薬師堂に安置されていたものである。では収蔵庫はどこにあるかというと、吉祥寺の門前から墓地を抜けてもう一段上の開けた場所にある。
ここは有田川の河岸段丘で、薬師堂があるところが1段目の段丘面、そこから登って吉祥寺の門や本堂があるのが2段目、収蔵庫があるところが3段目というわけである。収蔵庫への小道を上り切ったところで有田川の方を振り返るとなかなか雄大な景色が広がっている。

吉祥寺は浄土宗寺院。本堂の本尊は阿弥陀如来像である。しかし管理している薬師堂にしても、収蔵庫の仏像にしても、浄土宗と関係が深いものとはいえない。薬師堂は元は別の寺院に属していたもので、その仏像はさらに他寺(有田川沿い、下流にある歓喜寺)から移されてきたものである。仏像の用材はマキで、これは高野山特産の木であり、真言宗の仏像として造られたものであった。
歴史的経緯があってのこととはいえ、吉祥寺はその管理を担い、未来へと受け渡していく重責を背負ってくださっている。頭が下がる。


拝観の環境
庫内でよく拝観させていただける。


収蔵庫の仏像
収蔵庫には、正面に薬師如来像、向かって右に聖観音像と不動明王、二童子像、向かって左に大日如来像と毘沙門天像、破損仏2体、そして一番左に異形の不動像が立ち並んで壮観である。

薬師如来像は、薬師堂の本尊としてまつられていた像である。マキの割矧ぎ造。像高約85センチで、決して大きな像ではないがなかなか堂々としており、胸は大きく、胴はしっかり絞って、脚部の衣のひだはしっかりと彫られている。
その隣に立つ聖観音像はマキの一木造。体部は背面を背板風に割り矧いでいる。ほぼ直立し、顔は小さく、目鼻立ちはくっきりと、衣は浅く優美につくられている。本来は薬師如来像の脇侍だった像と思われる。

大日如来像は手を胸の前で忍者がドロンする時のような印相を結んでおり、金剛界大日如来像とわかる。像高は約1メートル、マキの割矧ぎ造で、本像は光背、台座も当初のものである。丸顔に優美な顔立ち、堂々とした上半身、穏やかなひだを刻む脚部は平安時代後期の作風を示す。

毘沙門天像は、像高約140センチ。マキの割矧ぎ造。頬骨を出し、顎は引き締める。右足を遊ばせて比較的ゆったりした姿勢で立つ。もと不動明王、二童子像とともに薬師堂の薬師如来を安置した厨子の前に置かれていたそうだ。

その不動明王、二童子像は向かって右端に安置されている。
不動明王像は像高約130センチ。マキの割矧ぎ造。恐ろしげな顔つき、しっかりと張った右腕の肘、太い腰、正面で大きく結んだ腰布の結び目など、強い印象の像である。一方、二童子像(矜羯羅童子像、制吒迦童子像)は一木造で像高は70センチ弱。鎌倉時代以後になると二童子像は静と動の対比を強調して作られるようになるが、平安時代の像はその違いをそれほど際立たせることがない。本像もどちらも優しい顔つき、仕草をしており、恐ろしげな不動明王とは対照的である。
なお、「榎瀬橋」のバス停の近くに「明日の粟生(あお、集落名)を考える会」が設置した吉祥寺の看板が立っていて、そこには「世界一キュートな仏像」と書かれるが、この二童子のことである。


異形の不動像(明王形武装神像)
収蔵庫、左側の壁面にたいへん珍しい像が安置さている。その名も三ツ目不動尊といい、不思議な姿は他に類例を見ない。
左右の牙を上下に出し、下半身は裙に腰帯を着け、剣と縄を持つところは確かに不動明王像である。ところが、額に第3の目を持ち、髪は逆立て、上半身は不思議な形を衣を着て、肘のところで袖が花のように開いている。これらはどう見ても不動明王の姿とは思えない。
像高約1メートルの立像で、一木造。

ところで、収蔵庫の向かって右端に安置された不動明王に従う二童子像(「世界一キュート」と形容されている像)だが、こちらも一般的な二童子像とは異なる姿をしている。髪はおとなしく中央分けされ、髪の先はくるりと丸まっている、これはみずらという髪型を表しているらしい。上半身は、こうした童子では条帛をつけるのが一般的であるが、この二童子は襟、袖のついた着物を着る。つまり、この二童子も異形像なのである。さらに、像高が不動明王像の半分くらいしかなく、三尊としてのバランスもやや取れていない。
そうすると、この二童子像は本来はあの異形の三ツ目不動尊の脇侍ではないかとわかる。このことは、2010年に和歌山県立博物館で「移動する仏像」展に先立ち判明したことである。実際、これら異形像同士を組み合わせると、像高もバランスが取れている。
ただし、これら三尊がどのような尊格であるのかはまだわかっていない。何らかの神の像、神仏習合による像なのであろう。

和歌山県立博物館、コラム「移動した童子像」


本堂の阿弥陀如来像
本堂本尊としてまつられている阿弥陀如来像も素晴らしい仏像である。
像高約90センチの坐像で、平安時代後期の一木造の像。
ノミのあとが残っており、鉈彫り像といっていいのか、あるいは未完成像であるものか。
目は膨らみがはっきりとつくられているが、見開きはない。眉は高々とあげ、ほおはゆったりと、口は自然に結んでおり、威厳の中に深い慈悲が感じられる。


さらに知りたい時は…
「ほっとけない仏たち68 吉祥寺の聖観音像」(『目の眼』539)、青木淳、2021年8月
『仏像と神像へのまなざし 守り伝える人々のいとなみ』(展覧会図録)、和歌山県立博物館、2019年
『移動する仏像』(展覧会図録)、和歌山県立博物館、2010年
『紀伊路の仏像』(『日本の美術』225)、松島健編、至文堂、1985年2月


仏像探訪記/和歌山県