月輪寺の千手観音像、空也像

  愛宕山山腹の古寺

住所

京都市右京区嵯峨清滝月ノ輪町7

 

 

訪問日 

2010年11月29日

 

 

 

拝観までの道

読みは「つきのわでら」。本来は「がちりんじ」と音読みにしていたと思われる。

京の西北にそびえる愛宕山の山腹にある。

山の中のお寺といっても、今ではそのほとんどが車で上がれるようになっているが、このお寺はそうでない。山道を相当歩く覚悟が必要である。

 

京都駅から嵐山を経由し清滝行きの京都バスに乗車し、終点下車。

北に向う道が二股に分かれているので、右側の道を行く。5分くらいで清滝川(桂川支流)にかかる金鈴橋に出るので、渡ってすぐ右へ。林道(途中高雄方面との分岐点がある)を30分くらいのぼって行くと、月輪寺への登り口があって、そこから約1時間との表示がある。

ここからは舗装道路でなく、山道となる。ひたすら北北西の方角を目指して登ってゆくと、途中少々の休みを入れたが、そこから55分〜1時間ほどで着いた。

要所に道しるべがあり、道はわかりやすいが、れっきとした山道なので、相応の準備は必要。

 

主な仏像は収蔵庫(宝物殿)内に安置されている。

拝観は事前連絡必要。ただし、冬季(12〜2月)および土日は拝観不可。人手が十分でないため、受付と収蔵庫の案内が同時にできないということで、土日は対応ができないとのこと。また、雨天時も拝観不可となる。

 

 

拝観料

500円

 

 

お寺や仏像のいわれ

愛宕山は900メートル弱の高さがあり、この寺はその山腹の標高600メートルほどのところに立つ。境内に泉が湧くが、この山でもっとも高いところで得られる水だという。

この山を開いたのは、8世紀初頭、役行者と泰澄といい、8世紀末に和気清麻呂が寺を整備したという。清麻呂はこの京都西北を中国の五台山に見立てて5つの寺をつくったとも伝える。

真偽のほどは置くとしても、修行の場としてこの山にはいくつもの寺やお堂がたてられていたことは確かなようだ。しかしそれらは、近代初頭の廃仏のためもあって消滅し、ひとつ残ったこの寺に仏像が集められたものと思われる。

 

 

 

拝観の環境

収蔵庫の中は明るく、よく拝観できる。

上述のようにこのお寺は人手の少なさのために土日の拝観は不可だが、平日でも手がないことは変わりないので、収蔵庫の拝観もゆっくりとというわけにはいかないのが残念である。

 

 

千手観音立像について

収蔵庫の仏像中最も目を引くのは、千手観音像である。

月輪寺の仏像の中でも最も古い像と思われる。平安前期の作。もと本堂本尊。

像高は150センチ強。一木造、材は針葉樹(ヤナギか)。内ぐりのない、古様なつくりである。

保存状態はかなりよく、仏頂面は亡失、足先、脇手の一部、天衣の垂下する部分の一部が後補である。

まず印象的なのが顔の表情で、厳しさとも優しさとも違う不思議な面貌である。

目は細く、遠くを見るがごとくである。眉から鼻、眉から目の下へのライン、顎の肉づきはきれいな曲線を描くが、それらは柔らかさというよりは、力強さを感じさせる。頭上面は大きく、ひしめくように並ぶ。

極端ともいえる怒り肩で、胸板は厚い。裙の折り返しには躍動感ある線が刻まれ、下肢の衣は深く力強い。天衣の先は2つに割れて、鰭(ヒレ)状に開く。

 

 

空也上人像について

収蔵庫には8躰の仏像が安置されているが、上記の千手観音像を含めて7躰が平安時代の作。

空也像のみ鎌倉時代の作で、像高約120センチ。ヒノキの寄木造、玉眼。

空也(くうや、こうや)は10世紀の人で、京都市中で念仏を勧めた僧侶として知られる。その彫像としては六波羅蜜寺のものが有名だが、六波羅蜜寺の像がたいそう整った姿であるのに対して、こちらの像は迫力がある。布教の気迫をあらわしたものか。

頭は尖り、目を見開く。口を大きく開いて、6躰の阿弥陀仏小像を口から出しているようにつくっているのは、空也が唱える「南無阿弥陀仏」の一文字一文字を仏の姿で表現したもの。2本の針金によって3躰ずつ左右に阿弥陀仏が飛び出す。

頬はこけ、少し前屈みになりながら左足を半歩前に出し、顔をやや右に向けている。姿勢は若干のぎこちなさがあるが、迫り来るような力が感じられる。

 

空也の死後まもなく作られた伝記『空也誄(るい)』に、彼が月輪寺に参籠したことが述べられている。これは月輪寺の名前があらわれる最初の史料でもある。

境内の泉は龍王が空也によって救われ、礼として水を湧出させたものと伝えられている。収蔵庫の伝龍王立像(像高110センチ強、平安時代前期)は、本来は天部像であったと思われるが、空也にまつわる龍王の像としてまつられていたものらしい。。

 

 

本堂内の仏像

本堂内も拝観させていただける。

五大明王のうちの不動像と四天王のうちの持国、増長、多聞天像が古いようだが、いずれも痛みが進んでいる。

 

 

その他

「清滝」バス停からひとつ戻った「愛宕寺」の前に、愛宕(おたぎ)念仏寺があり、優れた肖像彫刻である千観内供像(鎌倉時代)が伝来する。かつては本堂安置だったらしいが、現在は京都国立博物館に寄託されている。

 

 

さらに知りたい時は…

『月輪寺の仏たち』、佛教大学アジア宗教文化情報研究所、2007年

『TV見仏記』1(DVD作品)、京都チャンネル、カルチュア・パブリッシャーズ、2002年

『隠れた仏たちー山の仏』、藤森武・田中惠、東京美術、1998年

『古仏』、井上正、法蔵館、1986年

 

 

仏像探訪記/京都市

千手観音像
千手観音像