観音寺(東谷)の阿弥陀如来像
定朝様の典雅な定印阿弥陀像

住所
伊賀市東谷1254
訪問日
2025年3月27日
この仏像の姿は(外部リンク)
伊賀市デジタルミュージアム・木造阿弥陀如来坐像(目録)
拝観までの道
名張駅前から桔梗が丘駅を経由し、伊賀上野駅前を結ぶ三重交通バスに乗車し、「蔵縄手」下車。東へ約15分。
「蔵縄手」のバス停のある交差点から東へ向かうと、突き当たりに田守神社があり、左手(神社の北側)の池のほとりにさらに東へと向かう細道がある。道の先は暗く、上り坂になっているように見え、ややためらうが、構わずその道へと入ると観音寺の裏手に通じている。他にも道はあるのかもしれないが、これがおそらく近道だと思う。
拝観は伊賀市教育委員会文化財課を通じて申し込む。
なお、同市菖蒲池の市場寺とは歩ける距離。
拝観料
志納
お寺や仏像のいわれなど
真言宗寺院。
平安末期創建と伝えるが、その事情などは明らかでない。
近代初期に廃寺となったが、村民がこれを惜しんで再興したという。本堂は近年建て替えられた。
本尊は阿弥陀如来像で、左右に不動明王、毘沙門天像が随侍する。
拝観の環境
堂内でよく拝観させていただける。
仏像の印象
本尊の阿弥陀如来像は像高約90センチの坐像。ヒノキの寄木造。平安時代後期の典雅な定朝様の仏像である。定印を結び、足は右を上にして組む。
半眼で、まぶたは少し腫れぼったくあらわす。鼻は上品に、くちびるは薄くつくる。ほおはあまり張らず、胸も薄く、体のつくりや衣の流れは自然で、個性を主張するところは少ない。それでも、左の肘の曲がりに沿って衣のひだを密にしているところや、右足首から流れる衣の折りたたみに工夫があるところなど、よくよく探すとこの像「らしさ」が見えてくる。
一般に「形式化」「様式化」といった言葉で括られがちな定朝様の仏像であるが、じっくり拝観させていただいていると、そのよさがしみじみと感じられてくる。
不動明王像と毘沙門天像
本尊に向かって左に不動明王像、右に毘沙門天像が立つ。像高はそれぞれ約1メートル。ヒノキの寄木造で、彫眼。
後世の彩色に覆われ、造像の時代についてはなかなか難しいが、鎌倉時代のごろとされる。
不動明王像は巻髪、片目をすがめ、左右の牙を上下に出す形で、髪がたっぷりとしているのが印象的である。全体にずんぐりとして、親しみがわく。
毘沙門天像は左手を上げて右手を腰につけるが、当初の手は違う形であった可能性もあるとのこと。くりくりした目を見開いたおかしみを感じさせる邪鬼に乗っている。
さらに知りたい時は…
『三重の仏像 白鳳仏から円空まで』(展覧会図録)、三重県総合博物館、2019年
『三重県史. 別編 美術工芸』、三重県、2014年
『上野市史 文化財編』、上野市、2004年
→ 仏像探訪記/三重県