近長谷寺の十一面観音像
毎月18日と日曜・祝日に本堂開扉
住所
多気町長谷202
訪問日
2011年10月9日
この仏像の姿(外部リンク)
拝観までの道
近長谷寺(きんちょうこくじ)は多気町のほぼ中央、城山の山腹にある。この山は標高300メートル弱の低い山だが、しかしこの寺への道はなかなか険しい。また、近くに駅やバス停がなく、なかなか行きにくい場所にある。
最も近い駅は紀勢本線の佐奈、バス停は松阪駅前から三瀬谷行き三重交通バスの「前村」だが、どちらも本数は多くない。
佐奈駅、バス停「前村」いずれからも、下車後西方向へ。普賢寺のある神坂の集落の南側を通り、さらに進んで行くと、長谷の集落に出る。そこまで徒歩で45分くらい。長谷の集落の中央に近長谷寺へ向う分岐があり、標識も出ている。そこから北へ厳しい上り坂を行く。分岐から15分くらいでお寺に着く。
→ 三重交通バス
筆者は、町北部にある空釈寺境内の霊山寺を拝観したあと、タクシーを呼んで近長谷寺へと向った(佐奈駅からひとつ北側にある相可(そうか)駅の近くにタクシー会社がある)。
金剛座寺、普賢寺の脇を抜け、神坂の集落から西へ。先に書いた近長谷寺への分岐も過ぎ、その先を北へと登って行くと、行き止まりが近長谷寺への駐車場になっている。車はここまで。そこからは急坂だが、5分くらい登っていくと近長谷寺に着く。
拝観は毎月18日と日曜祝日にできる。これらの日には長谷の集落の方が交替で詰め、拝観の対応にあたってくださっている。
拝観料
200円
お寺や仏像のいわれなど
近長谷寺は真言宗の寺院。
平安時代前期のこの地域の有力氏族である飯高氏が885年に創建したお寺である。大和長谷寺、鎌倉の長谷寺の十一面観音像と同木から十一面観音像を彫り、本尊としたと伝える。「近長谷寺資財帳」が伝来しており、創建の事情等がかなりよくわかる古代の山寺として注目される。
現在の本尊は、創建時の像ではない。記録にはないが、災害等で創建時本尊は失われてしまったのであろう。おそらく平安時代後期に再興された像と考えられる(創建時までさかのぼれるのではないかとする意見もあるようだ)。
お寺の位置も変わっているらしい。もと尾根下の谷筋にあったそうだが、江戸時代中期の山崩れで仏閣等悉く失われ、そのあと現在地で再建されたのが今の近長谷寺である。
このお寺のことを地元では「長谷寺(はせでら)」と呼んでいて、「近長谷寺」の方がむしろ通りが悪いくらいである。「近長谷寺」という寺号は、伊勢の大神宮に近いところにあることから、江戸時代以来使われているとお寺では伝えている。
しかし、津市片田長谷町にある長谷寺が「遠長谷寺」とも呼ばれていて、それとの対比、つまり大和長谷寺への距離が近い伊勢の長谷寺という意味で命名されたとも考えられている。
拝観の環境
私が訪ねた時には本堂の補強工事中で中に足場が組んである状態であったが、拝観させていただけた。
本尊は6メートル以上の巨像で、厨子中に安置され、下肢は見えないものの、照明もあたってよく拝観ができた。
仏像の印象
ヒノキの寄木造。両眼に後補で色をつけたために、かえって印象を分かりにくくしている。全体に扁平な印象となってしまっているのが残念である。しかし、全体に保存状態はよい。
まず、印象的なのは顔、頭上面、上半身、手がすべて大きく、力強くつくられていることである。
しかし、よく見ると、細部まで丁寧につくられた像であることがわかる。
やや控えめに胴を絞るところ、腕もこれまた控えめながら、前後や左右への豊かな広がりをみせている。下半身の衣は、浅いが丁寧な襞を繰り返し刻んでいる。
これほどの巨像だが、破綻なくよくまとまっている。
その他1
長谷寺の名称、大和長谷寺とのつながりを説く伝承、錫杖をとる形式の十一面観音像であることから、本像は全国に分布する長谷寺式観音像の古像であると考えられる。ただし、長谷寺式観音像の右手はてのひらをこちらに向け、親指によって錫杖をおさえるようにして持つのが通例だが、この像の右手の形はそうでなく、錫杖の持ち方が不自然である。
実は長谷寺式十一面観音像はなぜ錫杖を持つのか、いつからこの形式が生まれたのかには議論がある。この近長谷寺本尊はもとは錫杖を持たない手であったのではないかということを根拠に、大和長谷寺本尊も鎌倉時代以前は錫杖を持っていなかったのではないかとする見解がある。
その他2
本堂からつながる庫裏には大日如来像がまつられている。お願いすると拝観できる。
像高90センチ強の金剛界大日如来の坐像で、丸く張りのある顔立ちの平安仏である。
さらに知りたい時は…
「伊勢国近長谷寺と地域社会の胎動」(『日本の古代山寺』、高志書院)、上川通夫、2016年
『三重県史 別編 美術工芸』、三重県、2014年
『調査報告 長快作長谷寺式十一面観音像』、岡田文化財団パラミタミュージアム、2008年
「秘仏巡礼」7(『大法輪』73巻6号)、白木利幸、2006年6月
「長谷寺本尊十一面観音像の錫杖について」(『東洋美術史論叢』、雄山閣)、片岡直樹、1999年
『多気町史』、多気町史編纂委員会、1992年
『三重県史研究』8、三重県、1992年3月