7-4 大日如来像を格子から凝視

百花さん 金堂の中は板敷きの床なのね。すっきりしていて、清潔な空間! ここ、いいわ~。内側に柱がないから、とても広々としているのね。
 あれ? でも、仏さまはどこに… あ、この格子の向こうなのかな?

ゆいまくん ここは金堂の外陣(げじん、礼堂とも)で、格子がはまっている向こう側に内陣(ないじん)、すなわち仏さまの空間があるんだ。こんなふうに内外陣がはっきり区切られた形式は、中世の密教の本格的なお堂でよくみられるものなんだ *。

百花さん …向こう側には行けないの?

ゆいまくん 内陣は聖なる空間だからね、拝観者は入ることができないんだ。でも、ほら。格子の隙間から仏像が見えるよ。

百花さん えーっ、こうやって格子に取りついて覗くのか!? なんだか捕まっちゃった人みたい。やだなー。

ゆいまくん 実は、春と秋に数日ずつ特別公開の日 ** が設けられていて、その時には内陣に入れていただけるらしいんだけど…

百花さん そうなんだ! だったら、その日がよかったなー。ここからだと、中は暗いし、仏さままでちょっと遠いし、細かいところはわからないよ。

ゆいまくん でもね、床に座って見ていると、だんだんと目が慣れてくるよ。人がたくさん来る日より、落ち着いて静かな雰囲気で仏さまとお会いできるって思うんだけどな。ほら、格子の間から覗いているということをいつの間にか忘れて、仏さまがすぐ近くにいらっしゃるように感じられてこないかい。
 それからね、早めの時間に来ればお坊さんが朗々とお経をあげていたり、天気がよければお堂の横手の障子戸から光が入ってきて神々しさが感じられたりもするんだよ。
 
百花さん そんなものかなぁ…

ゆいまくん それより、内陣の仏さまを見て。

百花さん 壇の上に、3体の仏像がまつられているのね。3体とも座った像ね。

 

金堂の3尊。脇侍の明王像は、台座も中尊より低く、控えめに見える。
金堂の3尊。脇侍の明王像は、台座も中尊より低く、控えめに見える。

 

百花さん 真ん中の像は…でかっ! これが本尊の大日如来像ね。

ゆいまくん 大日如来像の像高313センチ。一般的な丈六(坐像で八尺、すなわち像高約240センチ)の仏像よりも大きいんだよ。ヒノキの寄木造でつくられていてね、台座、光背まで含めれば、6メートル以上にもなるんだよ。
 もっとも、この像がつくられた平安時代末期には、院や貴族の求めでもっと大きな仏像が大量につくられていたんだ。でも、そうした像は今に伝わってはいない。この仏像は、寄木造の技法を駆使して巨大な仏像がさかんにつくられていた院政時代の造像のさまをしのぶことができる貴重な例でもあるんだ。
 ところで、大きさからくる迫力がストレートに伝わってきたとは思うけど、この仏像の印象はそれだけかな。全体を見たり、顔立ちや体つきなどもよく見てごらん。どうかな。

百花さん まずお顔は…あ、意外にやさしそう。目は閉じ気味にして、ゆったりと瞑想しているみたいだし、ほおからあごへのラインがすっきりとして、ステキね。
 顔つきだけでなく、全体的に落ち着いた雰囲気の像ね。
 背筋をしっかりと伸ばして座っている感じは、とても端整だし、脇をやや締め、胸の前で手を組む様子も、安定感があるみたい。二の腕なんか、どちらかといえばきゃしゃな感じね。足をくるむ衣のひだの流れも美しい…って、だんだんに最初に感じた迫力あるって印象よりも、優しくて美しいなーっていう方が強くなってきた。
 じっくり拝観させていただくと、見え方って変わっていくものなのね。面白ーい。

ゆいまくん 穏やかで繊細、優美な雰囲気は、平安時代の後期・末期の特色があるということだよね。こうした様式から、本像は1178年に阿観上人による金堂創建時からの本尊と考えられているんだよ。
 さっきも言ったように創建時の金堂は地元産と思われる木材を用いていて、在地の武士、源貞弘の協力が想定されるけど、それに対してこの像にはいかにも洗練された美しさがあるよね。ということは、この地域での造像ではなく、都の実力のある仏師につくらせたんだろうって考えてゆくと、大弐局あたりが制作に関与したのかもしれないね。

百花さん なるほど、金堂は地元で源貞弘プレゼンツ、仏像は都で大弐局のプロデュースってか。そうすると、阿観上人が総監督で、八条院は名誉顧問的な感じかな。
 ところで、この像には銘文や納入品はなかったの?

ゆいまくん そういうものはなくってね、仏師名はわかっていないんだ。

百花さん それは残念ね。
 あれ? 今気がついたけど、大日如来っていうくらいだから如来よね。如来は最高の悟りを得た存在で、飾りなどは着けないって前に説明してもらったと思うけど…違ってる? なのに、この像は華やかな冠や胸飾りもつけているね。これは、どういうこと?

ゆいまくん おっ、百花さん、いいところに気がついたね。今日はさえているんじゃない?
 大日如来像の姿には、大きく2つの特色があるんだ。その1つは、華やかな装いであらわされること。冠、腕輪などのアクセサリーを着け、髪を豊かに結い、上半身には条帛(じょうはく、たすきに掛けた幅の狭い布)をまとっているね。如来像というよりは、菩薩像のようだよね。
 大日如来というのは密教における根本の仏で、宇宙そのものともされるんだ。大日如来像の華やかな姿は、特別な存在であることを示すものというわけだ ***。

百花さん なーる。他の如来との違いってことね。
 手の形も面白いね。左右の手を上下に握りながら重ねていて、まるで忍者が呪文を唱えてドローンってする時みたい。

ゆいまくん 大日如来像の2つめの特色は、手の組み方、つまり印相(いんぞう)によって、2つの姿であらわされることなんだ。
 大日如来には、金剛界と胎蔵界の2つの姿があるんだ。さっきもちょっと話したことだけどね。

百花さん そんな話、聞いたっけ?

ゆいまくん ほら、金剛寺は金剛界大日如来を本尊とするお寺だって言ったと思うけど、忘れちゃった?
 この像のように、胸の前で手を上下に重ねて、左手の人差し指を上に伸ばし、右手でそれを握る印相、これを智拳印(ちけんいん)という。そして、この印を結んでいる大日如来を金剛界の大日如来というんだ。それに対して、お腹の前で親指を合わせながらてのひらを重ねる形(法界定印、ほっかいじょういん)をしていれば、胎蔵界の大日如来なんだよ。

 


(注)
* 参拝するための空間を礼堂(らいどう)といい、仕切りの向こう側を正堂という。礼堂は外陣ともよばれる。正堂の中は、仏像が安置される中心部分を内陣、その横を脇陣、後ろを後陣と分けてよぶ。

** 毎年4月中旬と11月上旬に数日ずつ行われている。詳しくは金剛寺にお問い合わせください。

*** 大日如来の姿はまた、インドの理想的帝王である「転輪聖王(てんりんじょうおう)」の姿が重なり合わされているともいわれる。

 

本尊は金剛界大日如来像。智拳印を結んでいる。
本尊は金剛界大日如来像。智拳印を結んでいる。