薬仙寺の薬師如来像、十一面観音像

8月8日、9日に開扉

住所
神戸市兵庫区今出在家町4丁目1-14


訪問日 
2017年8月9日

 

 


拝観までの道
兵庫駅の東南にあり、徒歩20分くらい。
最寄り駅は市営地下鉄の中央市場前か和田岬線(山陽本線支線)の終点和田岬駅。ただし、和田岬線は朝・夕のみの運行なので、中央市場前から徒歩がよい。10分くらい。
下車後南へ、新川という運河に架かる橋から西側を見ると、薬仙寺が遠望できる。橋を渡ったら右折し、防潮堤に沿って進む。
本堂の仏像は8月8日と9日に開扉される。


拝観料
特に拝観料の設定等はなかった


お寺や仏像のいわれなど
草創は古代という。
日本ではじめて施餓鬼の行事が行われたところ、平清盛が対立した後白河法皇をこの場所に幽閉した、後醍醐天皇が流されていた隠岐から戻ってきた際、この寺の泉の水で回復したので薬仙寺の号を賜った等、多くのいわれをもつ。
ほかにも花山法皇、法然上人、英人オールコックなどのゆかりの地であるという。
もと天台宗で、南北朝時代以後、時宗寺院となった。かつては7つの子院があったが、今は1つのみ残っているそうだ。

山号は医王山といい、本尊は薬師如来像である。
膝の裏の墨書によると、かつては阿弥陀如来像であったらしい。1599年に改作されたものというが、時宗であれば阿弥陀如来が本尊でよいであろうから、薬の壷を持たせて薬師如来に変えておまつりしたというのは不審である。伝えれているよりも、複雑な経緯があったのかもしれない。


拝観の環境
堂内でよく拝観できる。


薬師如来像の印象
像高は約90センチの坐像。一木造で、樹種はヒノキと思われる。
重厚な姿である。
胸、お腹はゆったりと丸みをおびる。胸元をゆったりあけて体をくるむ衣の流れも自然で、全体に誇張を避け、バランスがよい。
顔つきは、落ち着いた中に柔和であたたかい雰囲気がある。
首の三道はしっかりと刻まれる。両足は左右にしっかりと張って、安定感がある。右足を上にして組んでいる。
右足首のところで衣が折り返されていたり、胸元で肉体のふくらみにそって衣にも変化がつけられていたりといったところがアクセントとなり、像に魅力を加えている。


十一面観音像について
本尊に向かって左側の間に十一面観音立像が安置されている。
このお寺の8月8日、9日の開扉は本尊の縁日ではなくて、この観音さまの四万六千日(この1日で普段の46,000日分のお詣りに相当するという特別な日)のためのものであるらしい。

右手に錫杖をもつ長谷寺式の十一面観音像で、寺伝では大和長谷寺の十一面観音を造像するに先立ってつくられた試みの観音であるという。ただし、右手先は後補である。
丸顔で、目や口を小さくつくり、中央に寄る。眉は高く上げない。鼻筋はよく通る。上品だが、やや個性的な顔立ちである。
なで肩で、上半身は細身とし、胴はさらに絞って、スレンダーな印象がある。腰はわずかにひねっているが、ほぼ直立している。
下半身の衣は、大きく折り返された先端が優雅にたたまれ、足の甲にゆったりとかかる。腰布を着ける。左の下肢で斜めに入った線が風の流れを感じさせる。

 

1278年を示す像内銘がある。周3尺の十一面観音菩薩を造立し奉ると大書し、あとは年月日を記すだけの簡単なものであるが、基準作として貴重である。仏師名はわからないが、同様の作風や墨書のある像が同じ神戸市内の寿福寺というお寺に伝来し、同一仏師の作ではないかという。


さらに知りたい時は…
『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記篇』13、中央公論美術出版、2017年
『新修神戸市史 歴史編Ⅱ』、新修神戸市編集委員会、2010年
『神戸の文化財』、神戸市教育委員会ほか、神戸新聞社、1982年


仏像探訪記/兵庫県

薬師如来像
薬師如来像