モノが伝え、人が伝える
浦安市郷土博物館
浦安市郷土博物館は2001年に開館した公立博物館である。館内はそれほど広くはないが、屋内展示だけでなく屋外の展示もあり、共に充実している。
屋外スペースでは、数棟の商店・民家によって、かつての漁師町浦安が活気を呈していた1952年頃の様子が再現されている。
ここの展示のユニークさは、自由に触れられること。見学者はどの家でも(4軒の指定文化財の住宅も含む)自由に上がれるだけでなく、調度品などを触ったり開けたりできる。古い二階家の急な階段、時代がついた箪笥の引手のきしみ、どっしりした木の雨戸の重みなどを体で触れて感じることができる。ボランティアの方があちこちにいて、質問を受けたり、まるでそこの住人であるかのように室内で海苔簀を黙々と作っていたりしていて、雰囲気を出しているのも面白い。
一方、屋内のスペースは、かつての浦安の自然の姿、漁師の道具や仕事、そして浦安が漁師町から東京のベッドタウンへと変貌していった様子を、資料、パネル、映像で説明するものとなっている。屋外が触れて感じる展示であるのに対し、屋内スペースは知ることを重視した展示となっていて、両者が揃うことで、浦安という町の歩みが身近に感じられるように工夫されている。
この博物館にはボランティア組織「もやいの会」がある。博物館の開館以前から活動を開始し、積極的に係わってきたとのこと。海苔作り、投網、貝むき、ベカ舟(海苔や貝を採取する一人乗りの船)づくりなど、かつての漁師町時代の技術を使ってボランティアを行うというもので、年配の人が中心である。
浦安は江戸川河口の三角州上に発展した町であり、漁師町として栄える一方、交通の不便さ、水不足、水害などで苦しんできた。戦災と戦後のキティ台風の被害から立ち直った1950年代前半が漁師の町として最も栄えた時期。ところがその後の高度成長期に入ると、上流に作られた工場の排水などのために漁業は打撃を受ける。屋内展示の最後の部分で描かれていた漁業権放棄までの道のりは、打ち捨てられたベカ舟の前で呆然とした表情で煙草を吸う元漁師の映像からも、どれほど大変なものであったか想像することができる。おそらく、漁によって生きてきた人にとって、その技術が意味 を失った時、自分自身までも失ったような気持ちにさえなったと思う。
それから数十年がたって、この博物館が生まれた。かつての技術は、もはやそのまま役に立つことはないが、ボランティアとして実演し、若者の心に伝えるという新しい役割が博物館という場で生み出されることになったのである。こうした活動は、彼らの生き甲斐となり、同時に、来場者にとっては展示をいっそう生かすサポートとなっている。
静かな鑑賞よりも子どもたちの活気、歓声がよく似合う博物館である。
→ 浦安市郷土博物館
*東京メトロ東西線浦安駅またはJR京葉線新浦安駅からベイシティバス、「市役所前」下車。または、おさんぽバス(コミュニティバス)「健康センター・郷土博物館」下車。入館無料 。休館日は原則月曜日。
深川江戸資料館
入場券を買って展示室に入ると、眼下には江戸の町が。長屋の屋根の猫が一声鳴いて、来館者を歓迎してくれる。この博物館は、江戸の町の一角を丸ごと復元して、その中に入っていくというユニークなものである。
復元は厳密に行われていて、それぞれの家は何人家族か、何で生計をたてているのか、といった細かな設定がなされ、それをもとに当時の家財道具や習俗が展示がされている。さらに、調度品は季節ごとに入れ替えられたりもしている(たとえば夏は蚊遣り、冬はこたつが出ている等)。
それぞれの展示には説明は付されていない。今にも江戸の町の住民が顔を出しそうな雰囲気の中で、解説パネルは場違いであろう。しかし、今となっては何の意味か分からないお札の文字など知りたいと思った時には、館内にいる解説員さんに聞くことができる。たとえば長屋に貼られている「ひさまつるす」というお札の意味を聞くと、たちどころに教えていただける(ちなみにその意味は、江戸時代に大いにはやったお染久松の芝居から来ていて、「久松」=「はやりもの」、「はやりもの」=「流行病(はやりやまい)」とつながり、従って「ひさまつるす」=「流行病よけ」という判じ物である)。
次から次に面白いもの、不思議なものが目に入り、解説員さんに質問したりしていると、ずいぶんと広い町を歩いたように感じるが、実際にはそれほど広いスペースではない。見終えて出口の方へと階段を上がって振り返ると、この博物館の江戸の町は、表店(だな)、裏長屋、船宿の3つ区画があるばかりである。にもかかわらず充実した時間を過ごせるのは、モノと人による伝える力のためなのである。
*東京メトロまたは都営大江戸線清澄白河駅下車5分。休館日は原則第2・第4月曜日。
印刷博物館
入館すると、そこは40メートルの壁面を使って古今東西の印刷を見渡せるように作った贅沢なプロローグ展示。印刷についての歴史や技術の展示は、どうしてもたくさんの説明が必要となりため、来館者にまず理屈抜きで印刷というものを全体的に感じてもらう部分を大きくとっているわけである。説明的な部分と説明を排した部分のバランスをどうとるかという博物館の課題についてのすぐれた解答例だと思う。
展示の最後に「印刷の家」と名付けられたスペースがある。ここでは活版印刷についての体験講座が行われている。活字印刷という今まさに消えゆこうとする技術について、博物館が展示物として残すだけでなく、人から人へと実際に伝える役割を担おうとしている。博物館のあるべき理想の姿を、気負いなくさらりと実現している。
→ 印刷博物館
*最寄り駅はJR・地下鉄の飯田橋駅、または地下鉄の江戸川橋駅、後楽園駅。 原則月曜日が休館。