アムステルダム国立美術館


 今回紹介するオランダのアムステルダム国立美術館だが、残念ながら直接行って見た感想ではない。映画で見たという話である。

 映画のタイトルは「みんなのアムステルダム国立美術館へ」。2014年に完成し、同年の12月から日本でも公開された。私は横浜の映画館で見て、たいへん印象深かった。


 アムステルダム国立美術館は、レンブラントの「夜警」をはじめ、フェルメール、ゴッホなど世界に知られる名画が揃う、ヨーロッパ有数の美術館である。80の展示室に8000点が展示されているという。

 1800年に開かれ、1885年に今の場所に移り、2000年に改築が決まった。

 計画では2004年~2008年までの約5年で行われるはずのところ、遅れに遅れて、再オープンは2013年となり、費用も当初予算の約1.5倍となった。

 本映画はその顛末を追うドキュメンタリー作品である。こんな舞台裏の裏までよく撮らせたなと思わせるカット、カットの連続で、日本では到底考えられない。まず、それだけでも見る価値がある。


 さまざまな難題のうち、第一のものが1階を貫通する通路の問題であった。

 オランダは平坦な国で、とにかく自転車を足にしている人が多い(自転車の所有率は世界1なのだとか)。そしてこの美術館の1階中央が自由通路になっていて、なんと1日1万台以上の自転車が通るのだという。

 その通路も生かしつつ、かつ近代的なファサードやエントランスを設けるという課題をクリアした建築家の案がいったんは採用されたのだが、それに対してサイクリストをはじめとする市民が今まで通りというわけにはいかなくなるのではないかと噛み付いた。詳しくは映画を見ていただきたいが、反対の姿勢の強固なことこの上なく、実に印象深い。


 話は変わるようだが、日本を代表する建築家の1人で、伊東豊雄という方がいる。彼が姉とその家族のためにつくった「中野本町の家」という住宅建築があった。「あった」と過去形で書いているのは、すでに取り壊されて今はもうないからである。写真で見ると、本当にすばらしい住宅で、その建設の経緯や住んでみた印象など、その名も『中野本町の家』という本で知ることができる。その本に伊東豊雄の姉(施主)が書いているのだが、伊東は設計の途中まではよく注文主の意見を聞いて進めてくれていた。しかし途中でぱたっと聞く耳を持たなくなり、あれよあれよという間に細部をつくりあげてしまったという。

 私はこの話を読んで、なるほどそうなんだろうなと思った。大枠については、施主の意見は大切である。しかし、いよいよこれを具現化する段になった時、統一のとれたひとつの作品として仕上げていくのは建築家の独壇場である。建築家がユニークで他にはない建築をつくりたいと野心を燃やせば、まさにここが肝要。もし、微に入り細を穿つようにして施主の意見を聞き続けたら、あの独創的な家は生まれなかったに違いない。


 しかし、ここアムステルダムではそうはいかない。ましてこれは公共の建築の話である。たとえ通路の幅数センチのことであっても、人々は意見を言い続ける。「いやいや、あとは専門家にお任せください」なんて、それは通用しない。民主主義の悪用? それは建築家の側からの言い分であって、オランダの市民社会は筋金入りなのである。

 もちろん問題は通路のことだけではない。内装の色から、歴史的な展示品の置き方までとにかく多岐にわたる。その課程で館長は交代し、プロジェクト・マネージャーは有効な手だてが打ち出せず、混迷は深まる。しかし他の主たる登場人物は時に疲れ果てた表情を見せ、愚痴をこぼしながらも、粘り強く議論を重ね、ついに使命をまっとうする。


 通路問題に話を戻すと、交代した館長は、一度否定された最初の案を再び提起するも、またもや市議会で否決されてしまう。反対派の執拗な攻勢と巧みな戦術は、良くも悪くも今の日本にない市民のパワーが感じられ、映画の見どころのひとつといえるほどである。

 関係者は自由通路の左右の空間を地下へと掘り下げ、自然光の入る大きなアトリウムをつくり出すことによって、美の世界へのすばらしい入口を誕生させることに成功する(ただし、映画の中心は問題に翻弄される場面であり、その解決については実にあっさりとしか描かれない)。

 こうして、ハッピーエンドのうちに映画は幕を閉じる。時間とお金と労力は余計にかかったが、それでも意見を出し合い続け、最後にはだれもが納得できる美術館をつくったオランダの人々の姿は、見終わってすがすがしい。


 最後に、この映画に登場する仏像彫刻について紹介したい。

 それは旧岩屋寺の仁王像である。

 岩屋寺は島根県にあった真言宗の古刹だが、近代初期の廃仏の嵐の中で廃絶を余儀なくされる。その旧仏は散逸し、たとえば四天王像は愛知の寺に、行基像はモントリオール美術館が所蔵していることが知られている。

 岩屋寺の跡には今も山門が残っているそうだが、そこに安置されていた仁王像は個人所有を経て、今、アムステルダム国立美術館の所蔵になっている。像内に銘文があり、もと二王堂に安置されていたのが南北朝の内乱によって破損し、室町後期に運慶の流れを汲む七条仏師の康秀(左京)によって修理されたといったことが書かれているという。像高2メートルを越える、なかなか勇壮な仁王像である。

 今回、アムステルダム国立美術館の中にアジア館が新設された。この仁王像はその目玉的な展示として人気を集めている。売店ではフィギアも販売されているらしい。

 かつて岩屋寺で門を守っていた仁王像だが、今や日本の仏教文化をヨーロッパへと伝える使者として雄飛し、みごとにその役目を果たしている。ぜひその勇姿をこの映画でご覧いただきたい。


アムステルダム国立美術館・コレクション・Nio



参考:

『中野本町の家』、後藤暢子 他、住まいの図書館出版局、1998年

「岩屋寺旧本尊十一面観音坐像」(『古代文化研究』14)、伊東史朗、島根県古代文化センター、2006年

『みんなのアムステルダム国立美術館へ』(映画パンフレット)、ユーロスペース発行、2014年

 

 

 

 

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