<仏教で平和を考える>
6話 自らの足で歩み、信頼できる仲間に会いに行く。話す。
「時に、幸あるお方に、次のような思念が生じた。『誰のために私は最初に真理を説くべきであろうか。誰が速やかにこの真理を了知するであろうか』と。時に、幸あるお方に、次のような思念が生じた。『五比丘は、私を大いに助けてくれた。彼らは、精励して行う修行に専心している私の面倒を見てくれた。私は、五比丘に最初に真理を説いたならば、どうだろうか』と。
時に、幸あるお方に、次のような思念が生じた。『五比丘は、今、どこにいるのであろうか』と。幸あるお方は、清浄で超人的な天眼をもって、五比丘が、バーラーナシーはイシバタナ(修行者の集まるところ、仙人堕処、せんにんだしょ)にあるミガダーヤ(鹿野苑、ろくやおん)にいることを見たもうた。時に、幸あるお方は、心ゆくまでウルヴェーラー村に留まられた後、バーラーナシーに向けて遊行の旅に出立された。」
*『仏教かく始まりき パーリ仏典「大品」を読む』(宮元啓一著、春秋社、2005年)より引用。p53、54
『朝日新聞』の水曜日夕刊(毎週ではないが)に「教育の小径」というコラムが連載されている。広く教育をテーマに、複数の執筆者がそれぞれ得意とする、あるいは問題意識を強く持つ分野の話題をわかりやすく報じていて、毎回新鮮な驚きがある。
2026年5月20日の「教育の小径」では、「『自分の学びを』 不登校経験者が提言」(元編集委員・氏岡真弓執筆)と題して、TDU・雫穿(てきせん)大学(NPO法人が運営する学びのコミュニティ)の方々がまとめた「提言」が紹介されていて、興味深かった。
そのコラムの中で、TDU代表の朝倉景樹さんの言葉がどうにも気になった。朝倉さんは、かつては教育のイベントに人が集まり意見を言い合ったが、2000年ごろから参加者が減っていったとして、「ネットで得た知識に満足し、話し合うことが減った」と述べている。
これを読んだ時、自然に頭に浮かんできたのが冒頭の引用である。
それは、悟りを開いた釈迦が次のステップへと踏み出していく場面。「幸あるお方」とあるのが、釈迦のことである。
釈迦はインドの北東部、今のビハール州を流れる尼連禅河(にれんぜんが、ネーランジャラー川、ガンジス川の支流)のほとり、菩提樹の木の下で悟りを開く。その場所は現在ではブッダガヤと呼ばれ、仏教の聖地となっている。
その後釈迦は、若干の葛藤を経て、自らの悟りの境地を説くことを決意する。そこで釈迦は考える。誰に向けて教えを説くべきか。釈迦は2人の賢者を思い起こすが、すでに他界していることを知る。
そこで釈迦は、かつて厳しい修行を共にし、何かと自分を助けてくれた5人の比丘(びく、男性の出家者)を思い浮かべる。その5人は今どこにいるのか。釈迦は天眼(超人的な能力)によって、彼らはバーラーナシー(ベナレス)北方のイシバタナの鹿野苑にいると知る(ここで超能力が出てくるのは、釈迦の死後ある程度時間が経ち、神格化が進んでからまとめられた文章であるためであろう)。釈迦はウルヴェーラー村にしばらく滞在したのち、いよいよ鹿野苑に向け出発する。
釈迦は、自らが到達した境地について説く決意をした際、それを誰に話すべきかを慎重に考え、その人たちのもとへと自らの足で赴いて行ったのである。その間、直線距離にしておよそ200キロ。もちろん道はまっすぐとは限らないので、実際には300キロくらいか。それは、生涯にわたって歩みを止めることのなかった釈迦にとっては、何ということもない道のりだったかもしれない。しかし、先ほどの新聞記事にあったような、インターネットを用いて手軽に答えを求めがちな現代の私たちと引き比べるならば、この釈迦の歩みは何と豊かで純粋で深みのある生きざまを示すものだろうか。
信頼するに足る人がいるということ。いざという時にはその人のもとに長い時間をかけてでも訪ねて行けて、大切なことを顔を突き合わせて長く長く話すこと。そうしたことができる生き方を目指したい。そう、目指したいものだ。
(追記)
引用した本のタイトルにある「大品(だいほん)」は、『律蔵』の中の一部分である。『律蔵』は、仏教の教団が成立したのち、教団に所属する僧尼が守るべき決まり事をまとめたもので、その中の「大品」では、釈迦がどのようにして悟りを開き、教えを説き、弟子が集まり、教団が成立していったのかがまとめられている。引用した本以外では、『南伝大蔵経』第3巻(律蔵3、高楠順次郎監修、1970年再刊)でも読むことができる(訳が古いので、やや読みにくいが)。
この小文を読んで興味を持ってくださったならば、ぜひ『律蔵』「大品」を紐解き、引用文の続き、すなわち五比丘は釈迦をどのように迎えたか、釈迦は何を話し、その結果どうなったのか、味わってお読みいただきたい。そのように切に願うものである。
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