鵜田寺の薬師如来像

  寅の8の日に開帳

住所

島田市野田1195

 

 

訪問日 

2010年8月8日 

 

 

この仏像の姿は

島田の文化財

 

 

 

拝観までの道

鵜田寺は島田駅の北北東へ約2キロ、島田市民病院の前にある。

島田駅北口から静鉄バス金谷島田病院線か初倉線で「島田市民病院」下車(ただし初倉線の島田駅ー島田市民病院は土休日は運休)。または駅前に常駐しているタクシーで1,000円前後。駅北口を出て左手の観光案内所隣の駐輪場でレンタサイクルも貸し出している。

 

しずてつジャストライン

 

本尊の薬師如来像は秘仏で、寅の8の日に開扉される。

子、丑、寅…の十二支は年ばかりでなく、日にも付属をしている。日常的に意識することはないが、日も子の日、丑の日、寅の日…とまわっているのである。

8日は薬師如来の縁日とされ、寅もまた薬師如来に関係が深いという。そこで、薬師如来を本尊とする鵜田寺(うだじ)では、ずっと昔より8日でかつその日が寅の日である場合にのみご開帳をしているとのこと。

そういう日はどれくらいの割合で巡ってくるのかというと、ある月の8日が寅である確率は単純に考えて12分の1、1年は12ヶ月なので、そうすると寅の8日というのは年に1度程度やってくるという計算になる。2010年は8月8日がその日だということで、拝観にうかがった(ちなみにその次は2011年9月8日であったようだ)。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺や仏像のいわれ

真言宗の寺院。創建は奈良時代という。

本尊の秘仏・薬師如来像は「目薬師」と言われ、特に眼病に霊験ありとして古来より広く信仰を集める。大井川から掘り出された像とも、大井川上流のお堂から移されて来た像とも伝える。

 

平安前期の仏教説話集である『日本霊異記』(822年成立)の中に次のような話がある。

駿河と遠江の堺、大井川のほとりに鵜田の里がある。奈良時代の天平宝字2年(758年)に僧がここを通り過ぎようとしたところ、川のほとりの細かい砂の中から「我を取れ」という声が聞こえるので、死人がよみがえったものかと思いながら掘りだしたところ薬師の木像であった。僧はこの像を修理し、お堂をつくって供養したところ、仏像は光を放ち、またよく人々の願いを聞き届けた。

同様の話は鎌倉時代末の仏教書『元亨釈書』にもある(こちらでは仏像は水底から引き上げられたことになっている)。

鵜田寺に残る鰐口(1525年のもの)の銘文には、『元亨釈書』の記事を紹介して、鵜田寺薬師像は水底から引き上げられた仏像であると書かれている。

 

 

拝観の環境

法要が10時と13時半にあり、私はその間の13時前に到着した。厨子中に安置されるが照明があたって明るく、すぐ間近で拝観でき、参拝の方もそれほど多くなかったのでじっくりと拝観できた。

また、鰐口も本堂内で拝観できる。

 

 

仏像の印象

このように本尊は奈良時代以来の伝説にいろどられている霊像であるが、実際には平安時代後期の仏像。像高は50センチあまりの坐像で、頭は大きめ、螺髪は小粒で美しい。地髪から肉髻が自然に盛り上がり、肉髻はやや大きめ。顔は丸く、額は細いが顎は力強い。鼻、口は小さめで、よく整ったお顔である。

上半身は高く、面奥や体躯は奥行きがあって堂々としている。小ぶりな像だが、写真で見るよりも実際に拝見するとさらにしっかりとした存在感がある。

 

 

さらに知りたい時は…

『智満寺と大津の文化財名宝展』(展覧会図録)、島田市博物館、2004年

『島田市史』上、島田市史編纂委員会、1978年

 

 

仏像探訪記/静岡県