九州歴史資料館の仏像展示

若杉山関連の仏像など寄託

 

住所

小郡市三沢5208−3

 

 

訪問日 

2016年3月6日

 

 

 

館までの道

西鉄天神大牟田線三国が丘駅から西へ徒歩約15分。

原則月曜日休館。

 

* 九州歴史資料館

 

 

入館料

常設展示200円

 

 

館や仏像のいわれなど

この博物館はもと太宰府にあった。福岡県初の本格的歴史博物館として、1973年に開館した。

その後、施設が手狭となり、老朽化もあり、また隣接地に九州国立博物館が開かれることが決まるなどの状況の変化の中で、太宰府市よりも南にある小郡市内に移転することとなった。

再開館は2010年。

 

この資料館には主として福岡県内より多くの仏像が寄託され、1階の第1展示室で交替で展示されている。古代・中世の仏像、神像、狛犬像など、なかなか壮観である。

 

 

展示の環境

ガラスケース越しだが、とてもよく見ることができる。

 

 

仏像の印象

福岡市の東、篠栗町の南部に若杉山がある。標高は約700メートルで、福岡平野を望む霊山として知られ、山と谷や山の麓には太祖神社、延年寺、石泉寺、建正寺といった寺社が次々に開かれて、信仰を集めていた。現在は夜景のスポットとしても有名らしい。

九州歴史資料館にはこの若杉山関係の仏像も多く寄託されている。

 

若杉山の頂から少し下ったところにある若杉観音堂に伝来した千手観音像は平安時代前期の仏像で、若杉山関連の仏像では最古の像である。いや、九州の木彫仏全体でも最古級と思われる。

像高は約1メートル。一木造。内ぐりのない古様なつくりである。現状では手は6本が残り、頭上面も多く失われている。

頭が大きく、下半身が短い。天冠台が高く、それでより頭部が大きく感じられる。眉はすずやかに美しい曲線を描き、目は伏し目がちに、唇をしっかりとつぐんで、深く物を思うような表情が印象的である。

下肢の衣はひだを少なめにし、足先にぼてりとかかる。

いかにも霊仏のおもむきがある。

旧台座板には1392年の銘があり、この地にかつて栄えた石泉寺の名前が書かれているのも重要である。

 

若杉観音堂から谷を隔てて建つ石井坊の護摩堂に安置されていた不動三尊像も、この資料館に寄託されている。

平安後期時代の作。中尊は寄木造、脇侍の二童子は一木造である。

中尊の不動明王像は、同じ若杉山関連の仏像でも観音堂の千手観音像とはまったく異なり、キレのある力強い造形である。

目、鼻、口を中央に集め、額から目にかけての表現や大きく曲げた口は生々しさが感じられ、強い怒りの相が表されている。肘をしっかりと張り、下肢の衣の表現は自然な中に力強さがこもる。腰を右にひねり、堂々として立つ。

一方、二童子はひょうきんな可愛らしい表情やしぐさの像である。

像高は中尊が約1メートル、脇侍像が65センチ内外である。

 

 

その他

若杉山の山頂には太祖神社上宮が、登山口には下宮が鎮座する。この太祖神社上宮に伝来した石造の宋風狛犬一対も九州歴史資料館に寄託されている。

像高は約40センチ。13世紀、宋時代あるいは鎌倉時代の作。石灰岩製。

子獅子を慈しむように抱く阿形像。一方、吽形像は玉を持ち、とろりとした目つきがおもしろい。

いずれも体のひねり、生き生きとした毛の様子、長い爪など、魅力的である。

 

 

さらに知りたい時は…

『福岡の神仏の世界』(展覧会図録)、九州歴史資料館、2014年

『福岡県の仏像』(『アクロス福岡文化誌』8)、海鳥社、2014年

「資料紹介 福岡・若杉山の千手観音立像」(『仏教芸術』272)、井形進、2004年1月

『筑前粕屋若杉山の仏教遺跡』、九州歴史資料館、1986年

 

 

仏像探訪記/福岡県

千手観音像
千手観音像