真福寺の2躰の秘仏

  千手観音像は12年ごと、釈迦如来像は1年に2度の開帳

住所

横浜市青葉区荏田町432-8

 

 

訪問日

2008年4月5日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

青葉区の文化財・木造釈迦如来立像   木造千手観音立像

 

 

 

拝観までの道

真福寺は東急田園都市線の江田駅から徒歩10〜15分のところにある。

駅の南側の国道246号線をあざみ野方面(北東方向)に進み、2つめの信号(「荏田町」と表示がある交差点)を右折、最初の信号(「真福寺下」)のすぐ先を右折する。

 

本尊は千手観音像で、子年(ねどし)の春に1ヶ月くらい開帳される(2008年の場合は4月1日から5月6日まで開帳)。

客仏の釈迦如来像は収蔵庫に安置され、毎年4月8日の花祭りと8月17日のお盆のときに開扉されている(ただし2008年は千手観音像のご開帳の期間中ずっと開扉されていた)。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺のいわれ

真福寺のある青葉区荏田は、かつては大山街道の宿場町で、このお寺も賑わいをみせていたらしい。横浜市歴史博物館の調査では大小200点以上の奉納絵馬や額が確認されているそうで、当時の繁栄がしのばれる。絵馬や額は本堂に74面が掛けられているのを見ることができるが、残りは歴史博物館にも寄託されているそうである。

もっとも、この寺が真福寺と呼ばれるようになったのは近代になってからで、それ以前は単に観音堂と言っていたらしい。本寺であった真福寺(現在の場所から数キロ北にあったという)が衰退し、観音堂と合併して現在の真福寺となったと伝える。

 

 

拝観の環境

千手観音像は本堂内陣中央の厨子の中に安置されている。拝観は外陣からなので、像までの距離がやや遠いが、堂内は外からの光で明るく、まずまずよく拝観できる。

釈迦如来像は収蔵庫の中に安置されている。扉は開け放されて外の明るさでよく拝観できる。

 

 

仏像の印象

千手観音像は観音堂の時代からの本尊である。

130センチほどのやや小ぶりな立像で、ヒノキまたはスギの一木造。全体に素朴さが感じられ、大きめの丸顔には親しみを覚える。なで肩、細身の体に比較的浅い衣紋線を表し、平安時代後・末期の特徴を示す。腰はしぼって、メリハリがついている。

千手観音と伝えるが、腕は8本しかない(うち2本はあとで付け加えられたものらしく、もとは6本だった可能性もある)。通常千手観音像は42本の手で表されることが多いので、異例である。千手観音には42本よりも手を省略する形もあり、中国ではそうした作例もあるので、珍しい形式の千手観音であるのかもしれない。または、別の尊像であったものがいつの頃からか千手観音と呼ばれるようになったという可能性もある。頭上には9面がつくが、これも後補で、もとは頭上面を持たない姿だった可能性もある。

両足先、垂下する天衣、持物も後補。

 

釈迦如来像は清凉寺式釈迦像であり、160センチほどの立像である。カヤと思われる材の寄木造で、鎌倉時代の作である。神奈川県下には鎌倉時代の清凉寺式釈迦像が本像のほかに金沢区の称名寺(金沢文庫寄託)、鎌倉の極楽寺にも伝えられているが、その中でこの像が最も清凉寺の像に近い。しかし全体から受ける印象は、霊験像の威厳というよりはむしろ親しみを多く感じさせる。

 

 

その他

この寺にはもう1躰が秘仏が伝えられている。薬師如来坐像で寅年の春に開帳される。(2010年には橘樹都筑十二薬師のひとつとして、4月1日から20日まで開扉。釈迦如来像もこの期間開扉されていた。)

 

 

さらに知りたい時は…

「横浜・真福寺木造千手観音立像について」(『神奈川県立博物館研究報告ー人文科学』24)、塩澤寛樹、1998年                                                            

『神奈川県文化財図鑑 彫刻篇』 、神奈川県教育委員会 、1975年

 

 

仏像探訪記/神奈川県