慶珊寺の十一面観音像

  優美な宋風の仏像彫刻

住所

横浜市金沢区富岡東4−1−8

 

 

訪問日

2009年11月18日

 

 

拝観までの道

慶珊寺(けいさんじ)は京浜急行線京急富岡駅から東北に15分、または金沢シーサイドラインの鳥浜駅から南東に約15分くらい。

拝観には事前連絡が必要。土日よりも平日の方が都合がよいとご住職はおっしゃっていた。

 

*知人からの連絡によれば、現在は拝観を受け付けていないとのこと(2018年2月)。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺のいわれ

山号は花翁山と称する。この山号および寺号は、江戸初期にこの寺を建てた豊島信満(明重)の父母の法名に由来するという。もっともまったく新たに建てられたわけではなく、宝龍寺という前身寺院があったともされるが、よくは分かっていない。

 

豊島氏(豊嶋氏とも)は武蔵国の名族であるが、戦国時代に本宗家豊島氏は太田道灌との戦いに敗れ、一族の布川豊島氏は後北条氏に属して秀吉の小田原攻めにより所領を失うなど、困難な時を迎えていた。

豊島信満は家康に仕えて旗本の地位を得、豊島氏復活の端緒を開くかとみえたが、江戸城中で刃傷沙汰を起こして断絶となってしまう。慶珊寺は、信満が旗本として富岡の領主であった時期に建てられた寺院で、豊島信満父子の供養塔や木造が遺っている。

 

 

拝観の環境

本堂内の厨子に安置されている。間近で拝観させていただける。

 

 

仏像の印象

十一面観音像は、像高約40センチの小さな像である。左足は踏み下げるが、古代の半跏思惟像と違い右足先は左足の上でなく前に外す。右手は右膝の後ろにつく。くつろいだ体勢で、遊戯(ゆげ)坐像と呼ばれ、中国・宋で流行した仏像の姿勢であるらしい。

頭上、まげは低く結い、幾筋もの髪のまとまりが丁寧に刻まれる。よく見るとそこに小さな穴があいていて、本来ここに菩薩面がつけられていたことが分かる。残念ながらそれらはすべて失われているが、れっきとした十一面観音像である。

鎌倉彫刻らしいきりりとした顔立ちで、玉眼がすがすがしい。顔は少し傾けるが、上半身の姿勢はよい。衣の流れは自由自在で、宋風彫刻の面目躍如といえる。

 

像内から銘文が見つかっている。それによると鎌倉末期の1332年、仏師院誉の作とわかる。院誉は名前から院派仏師と思われ、他の作品としては福島県いわき市の保福寺薬師如来像(1326年)がある。

 

 

その他

ほかに慶珊寺には平安時代後・末期の作と思われる阿弥陀如来立像(慶珊寺の前身寺院の時代の仏像の可能性がある)や近世作の愛染明王像が伝来する。

愛染明王像は童子のように弾力を感じる造形の像で、十一面観音像とともに鶴岡八幡宮より移されたと伝える。

 

 

さらに知りたい時は…

『頼朝・範頼・義経』(展覧会図録)、神奈川県立金沢文庫、2005年

「十一面観音像の表現」(『シルクロード学研究』11)、井上一稔、2001年3月

『中世の世界に誘う仏像 院派仏師の系譜と造像』(展覧会図録)、横浜市歴史博物館、1995年

『神奈川県文化財図鑑 彫刻篇』、神奈川県教育委員会、1975年

『鎌倉彫刻史の研究』、渋江二郎、有隣堂、1974年

 

 

仏像探訪記/神奈川県