保福寺と朝日観音堂の諸仏

  平安仏の素朴な優美さ、力強さ

保福寺十一面観音像
保福寺十一面観音像

住所

南足柄市内山1959−1(保福寺)

南足柄市怒田(朝日観音堂)

 

 

訪問日

2011年4月3日

 

 

 

保福寺への道

保福寺のあるあたりは、「足柄古道」と呼ばれるかつての箱根越えの道である。今はバスの便も少ない地域だが、かつては交通の要衝であった。

 

最寄り駅は御殿場線の山北駅で、徒歩40〜45分。

最寄りのバス停は「内山」。神奈川県道726号線(矢倉沢山北線)の「北足柄小入口」交差点の脇にあるバス停である。そこから歩いて東へ5分。「内山」へは、伊豆箱根鉄道大雄山線の終点大雄山駅近くの「関本」バス停から箱根登山バスだが、便数は多くないので注意。

 

拝観は事前予約必要。志納。

 

 

保福寺の仏像について

保福寺は中世に開かれたと伝え、近世に再興された曹洞宗寺院だが、創建以前の平安仏を2躰伝えている。

本尊の薬師如来像は、本堂中央の須弥壇上の高い位置の厨子中に安置される。

像高は約50センチと比較的小さな坐像。一木造で、内ぐりはほどこさない。

素朴な中に力強さがある像である。肉髻は高く、螺髪の粒は大きい。首はわずかに横を向く。

目はつり上がり気味で、鼻もくっきりとつくり、口はやや突き出す。顎は二重あごで、強い印象である。

手は腹前で組みその上に薬壷をのせる比較的珍しい形の薬師如来像だが、手先と壷は後補ではある。

 

十一面観音像は本堂に向って左側の観音堂本尊で、本堂本尊の薬師如来像と同じく一木造であり、素木で、内ぐりも行わない。 像高は約160センチ。行基作、また室町時代の武士・大森氏の持仏との伝承がある。もと近くのお堂にまつられていたが、そのお堂が老朽化し、このお寺に預けられたそうだ。

以前の写真を見ると厨子内に安置されていたようで、堂内には1966年の「開帳記念」の木札が保管され、かつては秘仏であったとわかる。

 

2010年から2011年にかけて修復が行われた。今は厨子から出てのびやかに立ち、外からの光も入ってよく拝観ができる。

 

顔は大きめで、面長である。鼻、首はやや傾いている。目鼻のつくりは浅く、口も小さい。肩はいかり肩。下半身はやや細くなり、ほぼ直立する。衣の襞(ひだ)は浅く、下肢では陰刻線を用いている。

全体に素朴な印象で、親しみを感じる。

 

朝日観音堂毘沙門天像
朝日観音堂毘沙門天像

朝日観音堂へ

朝日観音堂は保福寺から東南東にある。頑張れば歩ける距離で、南足柄市運動公園という大きな公園の脇を抜けて、徒歩40分から45分くらいである。

最寄りのバス停は「朝日観音堂入口」で、新松田駅からアサヒビール神奈川工場を経由して大雄山駅までの富士急湘南バスが日中1時間に1本走っている。下車後、北西に徒歩5分。

 

このお堂は江戸時代中期のもので、茅葺きのおもむきある建物である。

本尊聖観音像と兜跋毘沙門天像、天部像、小仏像・神像が伝来したが、今は像はすぐ脇の収蔵庫に移されている。

観音像はかつては秘仏で、17年ごとのご開帳だったそうだが、今は自治会長さんが管理し、事前にお願いすれば拝観可能。

収蔵庫の中は照明もあり、よく拝観できる。志納。

 

 

本尊・聖観音像の印象

収蔵庫正面は、観音堂本尊の聖観音像、その左右に2躰の彩色の兜跋毘沙門天像、正面に向って右側に素木の兜跋毘沙門天像と天部像、そのほかの小像はうしろのガラスース内に安置されている。

 

聖観音像は像高130センチあまり。一木造。内ぐりもほどこさず、両手のほとんどまで共木から彫り出すという古様なつくり。両手先と足先は後補。また表面の補彩も後補で、そのために鈍い印象になっているが、なかなかインパクトのある像である。平安時代後期の作と思われる。

顔は下ぶくれで、彫りが深い。特に大きな鼻が印象的である。まげは小さく結い、その前に三角形の素朴な感じの冠をつける。胸を幅広にとり、胴をぐっと絞って、腰は逆に太くと、メリハリのついた造形である。

 

 

朝日観音堂の兜跋毘沙門天像について

本尊の左右に安置されている兜跋毘沙門天像(彩色像)は室町時代ないし江戸時代の作と考えられている。持物は異なるが、ほぼ同じ姿で地天に手の上に立つ。像高は160センチ余、地天を合わせると約2メートルの像である。一木造。ややぎこちなくずぼっと立つ姿は、素朴な印象である。

ほとんど似た姿の兜跋毘沙門天像を複数つくって安置するというのは、岡山・倉敷市の安養寺の像を想起させる。もっとも安養寺は数十もの像が伝来するので、スケールが違うが。

 

その右側に立つもう1躰の兜跋毘沙門天像は、平安時代の作。

像高約130センチと若干小ぶりである。両腕は失われている。また、足下の地天も失われているが、両足を揃えて立つ姿は、地天の手の上に乗っていた姿と思われ、また本尊の左右の後世の兜跋像の元になった像なのではないかとも考えれている。

目は損傷し、鼻も欠けるが、顎はとがり、精悍な顔立ちであることがわかる。

首の下、紐を大きく結ぶなど、素朴な中にも細部の意匠まで丁寧なつくり。腹につけた獣面(獅子噛)もユームラスである。

下半身はどっしりして、安定感がある。全体的にはそれほど量感に富むというほどではないが、一木彫らしい存在感のある仏像である。

 

 

さらに知りたい時は…

「南足柄市・保福寺の薬師如来坐像について」(『神奈川県立博物館研究報告ー人文科学』19)、神奈川県立博物館、1993年3月

『南足柄市史8 別編 寺社・文化財』、南足柄市、1990年

『かながわの平安仏』、清水真澄、神奈川合同出版、1986年

『神奈川県文化財図鑑 彫刻編』、神奈川県教育委員会、1975年

 

 

仏像探訪記/神奈川県