永光寺の諸像

  伝燈院には曹洞宗の高僧のお像が勢揃い

釈迦如来像
釈迦如来像

住所

羽咋市酒井町イ11

 

 

訪問日 

2009年10月17日 

 

 

 

拝観までの道

永光寺(ようこうじ)は豊財院の北、数キロのところにある。

交通は、羽咋駅から飯山(いのやま)経由七尾駅行きの北鉄能登バスで「寺境」下車、バスの進行方向に3分くらい歩くと、永光寺の参道の入口を示す立派な門柱が立つ。そこから東南方向へと坂を上っていくと15分くらいでお寺に着く。

 

北陸鉄道グループ

 

羽咋駅にはレンタサイクルもあるが、羽咋から七尾へと通じる道は道幅が狭いわりに交通量が多いので、注意が必要。

伝燈院を拝観するためには事前連絡が必要。

 

 

拝観料

300円+伝燈院特別拝観料500円

 

 

お寺のいわれ/本尊について

このお寺を開いたのは、13−14世紀の高僧、瑩山禅師(瑩山紹瑾、けいざんじょうきん)である。日本の曹洞宗の第4祖で、曹洞宗発展の礎をつくった僧として名高い。瑩山は永光寺を開いた後、総持寺を開き、最後はこの永光寺で亡くなった。

その後、総持寺は道元が開いた永平寺とともに曹洞宗大本山となったが、永光寺はその陰で衰退していった。南北朝時代こそ足利将軍家によって全国に建てられた利生塔が能登ではこの永光寺につくられるなどしたものの、戦国時代には2度の兵火にかかり、江戸時代には寺領を削減されるなど困難な時代が続いた。

明治維新の直前には軒は傾き、雨漏りはひどく、狐や狸のすみかのようになっていたと伝えられるが、その後復興の努力が今日まで続き、ようやく往時の雰囲気を取り戻しつつある。

 

山門を入ると右手が庫裡、正面が法堂(はっとう)である。禅宗寺院では本堂にあたるお堂を仏殿、講堂にあたるお堂を法堂と呼ぶことが多いが、このお寺では法堂が本堂にあたるらしい。

本尊は中世の釈迦三尊像で、作風から院派仏師の作と考えられている。中尊はまげを高く結う宝冠釈迦像。脇侍は観音、虚空蔵という珍しい組み合わせで、いずれも坐像である。

開山である瑩山禅師の著『洞谷記』の1321年の記事に三尊それぞれの造立の趣旨が書かれ、特に脇侍の観音像は、駿河法眼定審が父である法眼定守の13回忌の追善のために造立したものであると述べられている。

 

 

祖師像について

法堂のうしろ、高くなったところに伝燈院という建物がたっている。

このお堂は祖師の肖像や位牌をまつる神聖な空間で、祀堂と礼堂(およびその間をつなぐ相の間)からなる。

祀堂は礼堂の奥、一段高まっていて、その正面奥に曹洞宗にとってもっとも大切な五人の高僧、すなわち道元やその師である宋の天童如浄の像、また永光寺の草創期の高僧らの像が安置されている。

このうちの4躰、すなわちを瑩山禅師、その師徹通義介(てっつうぎかい)、瑩山の弟子である明峰素哲(めいほうそてつ)、峨山韶碩(がざんじょうせき)の像が中世の作である。

 

それぞれの像はヒノキの寄木造で、玉眼。椅子に腰掛けた姿で、高さは1メートル強。

写真で見ると、それぞれ個性ある顔つきで、衣は漆による彩色のあとをよく残し、たいへんなめらかで自然な流れをつくっている。

4躰はそれぞれ膝前の衣の内側に当初あるいは修理時の銘文を持つが、判読不能なものが多い。瑩山禅師のお像は顔や衣の流れが自然で、4像中最も古く、その死後明峰の発願で造られたと推定される(14世紀前半)。峨山韶碩像の銘文からは1366年を示す年が読み取れる。

 

ただし、祀堂の中はこのお寺の僧であっても正式の袈裟を着用しないと入堂できない場所とのことで、拝観は祀堂への階段の下からとなる。このため、各お像の様子は肉眼ではよくわからないのが残念だが、この空間の清浄さを感じて身が引き締まる思いがする。

 

 

その他

この伝燈院に入るにあたって、必ず行うことがある。お堂の手前の回廊に鐘が吊るされていて、これをひとつ撞いてから入堂する。堂内の祖師たちは童心の持ち主で、抜け出して小僧に化けたりして里で遊んでいることがあるそうだが、この鐘の音を聞くと、すばやく戻って何くわぬようにしてまた座についているとお寺では言い伝えられている。

 

*祖師像の画像が羽咋市歴史民俗資料館・羽咋の文化財のページの中にあります(文化財の詳細・県指定文化財)。

 

 

さらに知りたい時は…

『禅の心とかたち』(展覧会図録)、2016年

「南北朝時代の頂相彫刻」(『日本の美術』493)、浅見龍介、至文堂、2007年6月

『図説 永光寺ものがたり』、永光寺発行、2002年

「能登永光寺法堂および僧堂の中世彫刻について」(『横浜市歴史博物館紀要』3)、遠藤廣昭、1999年

『永光寺の名宝』(展覧会図録)、石川県立歴史博物館、1998年

『羽咋市の文化財(改訂版)』、羽咋市文化財保護審議会、1991年

 

 

仏像探訪記/石川県