西野薬師堂の薬師、観音像

  薬師像は延暦寺根本中堂本尊の模刻像か

住所

長浜市高月町西野

 

 

訪問日 

2008年12月20日

 

 

 

この仏像(十一面観音像)の姿(外部リンク)

長浜・米原・奥びわ湖を楽しむ観光情報サイト

 

 

 

拝観までの道

西野薬師堂は、JR北陸本線の高月駅からほぼ真西、約4キロのところにある。

高月駅の案内所にレンタサイクルがあり、こぐスピードによるが、20分くらい。

 

高月町は観音像が多く伝わる「観音の里」として知られる。その多くが地域の方がお守りしているが、この西野薬師堂もそうで、当番を決め拝観に応じている。

境内入口に公衆電話があり、そこで示されている番号に電話(カード式でないので、10円玉必要)をすると対応してもらえるようになっている。

 

 

拝観料

300円

 

 

お堂のいわれ

薬師仏と観音像をともにまつっているので、薬師観音堂とよばれることもあるらしい。すぐそばにある充満寺に属している。

ここはもと天台の大きな寺院だったというが、戦国の戦火で焼け、以来かろうじて救出された仏像を村人が守ってきたのだという。

 

 

拝観の環境

堂内は明るく、すぐ前からよく拝観することができる。

 

 

仏像の印象

薬師如来像と十一面観音像は、ともに平安時代前期の一木造で、ほぼ等身大の立像である。一見相似るように思うが、それは両像とも顔や胸が近世の漆箔で覆われ、その印象が強いためである。よく拝観すると実際は印象を異にする像であることがわかる。

 

薬師如来像は薬壷をもたず、手は指をねじって丸をつくっているので阿弥陀如来のようでもあるが、そもそも両手先(両足先も)が後補であるので当初の像名は不明である。そのため、お堂でいただいたパンフレットでは「伝薬師如来」となっているが、古くから薬師如来として地域の信仰を集めていた像だという(伊東史朗『十世紀の彫刻』によれば、本像は延暦寺根本中堂本尊の模刻像のひとつであるとする)。

肉髻は高く、上半身から股間に流れる衣紋はY字をつくり、また下肢に見えている裙(くん)の襞(ひだ)は大きな波を形づくる。平安前期彫刻の特徴をよく示している。材はケヤキで、内ぐりもない古様な一木造である。

一方、螺髪は小粒で、太ももの盛り上がりは少ない。太ももが大きく盛り上がっているからこそ股間の衣文はY字になるわけで、ぶっとい造形の力が失われているのに前代の衣文の形のみが踏襲されているということ(いわゆる形式化)であるから、この像は平安前期も終わり頃の作ではないかとみることができる。像全体も細身だが、これは木材の制約のためもあるのかもしれない。

 

十一面観音像も内ぐりのない一木造の像だが、こちらは材はヒノキとのこと。幅広の胸、まるまるとした腹、安定感のある下半身をもち、堂々たる像である。加えて股間には渦巻きの文、また下肢には太い波の襞がつくられ、平安前期彫刻の特色がよくあらわれている。高月町でも渡岸寺の十一面観音像についで古い像である。頭上面、垂下する天衣、両足先は後補。

 

 

その他

薬師像、十一面観音像の両脇には神将像2躰が安置されている。十二神将像のうちの2躰だけが残ったものということである。

 

 

さらに知りたい時は…

『びわ湖・長浜のホトケたち』Ⅱ(展覧会図録)、長浜市発行、2016年

『高月町史 景観・文化財編』分冊2、高月町、2006年

『十世紀の彫刻』(『日本の美術』479)、伊東史朗、至文堂、2006年4月

『湖国の十一面観音』、石元泰博ほか、岩波書店、1982年

 

 

仏像探訪記/滋賀県