大谷寺の磨崖仏

  東日本随一の石仏群

伝阿弥陀三尊像
伝阿弥陀三尊像

住所

宇都宮市大谷町1198

 

 

訪問日 

2006年5月21日  2010年12月12日

 

 

この仏像(千手観音像)の姿は(外部リンク)

宇都宮観光コンベンション協会

 

 

 

拝観までの道

JR宇都宮駅前から関東バス大谷経由立岩行きに乗って25分ほど(バスの本数は1時間に1 〜2本程度)、宇都宮市街の北北西、大谷の丘陵地帯へ。有名な大谷石の産地である。

目指すバス停に近づくと、石屋さんが目立ってくる。「大谷観音前」バス停で下車、大谷寺まではほんの数分。

 

関東バス

 

1〜3月の第2・第4木曜日と12月19日から31日を除いて拝観が可能とのこと。 

 

 

拝観料

300円

 

 

お寺や仏像のいわれ

境内に入ると大谷石の岩山が眼前に迫ってくる。

大谷石が建築材として盛んに採掘されたのは近世からというが、磨崖仏が彫られたのはそれよりもはるか以前。

ここが日光の霊場の外縁をなす場所であるということもあろうが、古代の人々はそびえ立つ大岩に神秘を感じ、仏の姿を刻んだのであろう。 

 

 

拝観の環境

大谷寺の本堂はこの巨石の裾というか、ふところのようになった岩かげに西面して立てられている。

堂に入るとその正面に本尊の千手観音像。4メートル近い堂々たる立像である。ライトが当てられ、ほぼ全身がよく見える。ただし、本堂に人が入ると音声が流れる仕組みで、じっくりと拝観しているとこの解説を聞かされ続けることになる(時間によってはお寺の方が説明してくださる)。 

本堂の左手には脇堂が接続し、こちらには3組の三尊像、計9体が並ぶ。この堂は南面しており、すりガラスを通じて外光が入ってくる。また像との距離も近く、たいへんよく拝観することができる。

 

 

仏像の印象

大谷石(凝灰岩)は粗い石質であるためか、本尊の千手観音像は、塑土を盛って細部を表現していたらしい。中国・唐代にはよく見られた石心塑像(または石胎塑像)という技法で、岩盤を粗削りした上に塑土を盛り、再度削り出して細部を整える技法なのだそうだ。さらに漆を塗り、表面には金箔を貼っていたという。しかし江戸期の火災によって塑土は剥落し、現在は石心が露出している。従って当初の姿を想像するのはなかなか難しいが、それでも強い存在感のある仏像である。 

 

脇堂の3組の三尊像は、寺では、向かって右より釈迦三尊、薬師三尊、阿弥陀三尊と伝える。

伝釈迦三尊像は如来坐像を中心に、向かって右の脇侍は菩薩立像、向かって左の脇侍は僧形の立像である(地蔵菩薩か)。傾斜のある面に彫られているため、こちらに迫ってくるようである。とはいっても威圧感はなく、むしろ空中に出現し浮遊しているような軽やかさがある。表情も穏やか。塑土の盛り上げは少なく、石の浮き彫りの丁寧な表現が見られる。 

 

伝薬師三尊像は他の2組よりも下方に小さく造られ、損耗も激しいが、素朴な表現の仏像であるように見える。 

伝阿弥陀三尊像は伝釈迦三尊像と同じ組み合わせの3体であるが、より豊満な体で、化仏も表されている。蓮台も派手な造りである。 

 

 

造像年代をめぐる問題

これらの仏像の造像年代はいつ頃だろうか。

古い文献・銘文もなく、傷みが進んでいたり部分的に後補の塑土が盛られていたりしている上、比較できる石仏の作例も少ないため、年代の推定は難しい。

『十一面観音像・千手観音像』(『日本の美術』311)によれば、本尊・千手観音像は奈良時代までさかのぼる可能性があるとされる。また、『地蔵菩薩像』(『日本の美術』239)によると、3組の三尊仏は年代差はあるもののおおよそ10世紀前半の作という。

「大谷磨崖仏」(『国華』1216)でも、千手観音像は奈良時代の造像と述べられる。

 

しかし、造像年代をもっと引き下げる説もある。

『仏像を旅する−東北線』の解説によると、千手観音像、伝薬師三尊像、伝釈迦三尊像、伝阿弥陀三尊像の順で彫られ、千手観音は10世紀末〜11世紀、伝釈迦三尊は平安末期、伝阿弥陀三尊は平安末期から鎌倉初期であろうと述べられている。 

『日曜関東古寺めぐり』によれば、本尊の千手観音像は平安中期まではさかのぼらないとする。その根拠は、像が細みであること。平安初期の千手観音像は量感豊かなものが多く、この仏像のようにスリムなものは藤原時代の好みが反映されているとのこと。最も古い思われるのは、一番小さい伝薬師三尊像で平安中期、続いて12世紀に入ったころに千手観音像と伝阿弥陀三尊像、そして最後が伝釈迦三尊像であろうとしている。

 

 

その他

中国では観音と地蔵を一対として表す例が敦煌壁画等に数多くみられるが、日本ではあまり造られなかった。大谷寺脇堂の三尊像脇侍の菩薩像・僧形像は、この観音・地蔵併立の一例である可能性がある。

 

 

さらに知りたい時は…

『関東の仏像』、副島弘道編、大正大学出版会、2012年

『日本の石仏200選』、中淳志、東方出版、2001年

「大谷磨崖仏」(『国華』1216)、北口英雄、1997年

『日曜関東古寺めぐり』、久野健ほか、新潮社とんぼの本、1993年

『十一面観音像・千手観音像』(『日本の美術』311)、副島弘道、至文堂、1992年

『仏像を旅する−東北線』(別冊近代の美術)、至文堂、1990年

『地蔵菩薩像』(『日本の美術』239)、松島健、至文堂、1986年

『解説版 新指定重要文化財3、彫刻』、毎日新聞社、1981年

『栃木県史』通史編2、1980年

『宇都宮市史』1、1979年

 

 

仏像探訪記/栃木県