実相寺の釈迦三尊像

  毎年4月第2日曜日に開扉

住所

西尾市上町下屋敷15

 

 

訪問日 

2008年4月13日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

西尾市の文化財

 

 

 

拝観までの道

西尾市は名古屋の東南約35キロ、三河の小京都ともいわれる落ち着いた町である。

実相寺(じっそうじ、實相安国禅寺とも)は名鉄西尾線の西尾駅の北西にあり、歩くと40分くらい、または名鉄東部交通バスの法光寺・中畑行きか、知多バスの中部空港行きで「下町」というバス停から北に徒歩10分くらいであるが、本数は多くない。

 

名鉄東部交通バス    知多バス

 

なお、駅前にはタクシーが常駐している。

 

釈迦三尊像が安置されている釈迦堂は、毎年4月第2日曜日(「お釈迦さん」と称する縁日)に開扉される。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺や仏像のいわれ

実相寺は鎌倉中期、足利氏から分かれてこの地を基盤としていた吉良満氏が開いたのがはじめといい、室町時代には足利尊氏が全国に定めた安国寺とされた。戦国時代に今川氏系の住職が入って中興されたが、そのために信長によって焼かれた。

江戸時代には幕府に保護されたが、近代にはそうした後ろ盾を失い、20世紀半ばには2度の大地震、伊勢湾台風、農地解放といった荒波を受け続けたものの、貴重な文化財を今日まで守り伝えている。

 

境内に入ると正面が釈迦堂、その後ろに本堂がある。

釈迦堂は、信長に焼かれた後の再興期に遠江の古堂が寄進されたものという。

本尊は南北朝期の釈迦三尊像で、脇侍は象と獅子の座に乗る。象に乗った普賢菩薩像の頭部内より「院□(2文字め解読不能)」の銘が見つかっていて、院派による造像とわかる。

中尊の像内からは納入文書が見つかっており、1362年に吉良氏によってつくられたことが判明している。

 

 

拝観の環境

お堂の扉口よりの拝観であり、堂内はやや暗く、像までの距離もあるため、あまりよく拝観できない。少したつと目が慣れてきて次第に中尊の表情が分かるようになるが、脇侍の方は角度が悪く、写真でみると台座の象や獅子はなかなかユニークな顔かたちをしているのだが、ほとんど見えなくて残念。

 

 

仏像の印象

ヒノキの寄木造。中尊は像高1メートル余り、脇侍は60センチほど。

中尊はやや面長な顔。肉髻は低く、地髪から自然に盛り上がる。螺髪は大粒で、ひとつひとつ渦をつくる。髪際はしっかりカーブする。

施無畏・与願印。安定感があるものの、顔つきや全体の雰囲気はやや固い感じがする。

衣の襞(ひだ)は大づかみな表現である。

中尊光背は当初のもの(ただし後補部分はある)で、精緻なつくり。また脇侍像の台座も当初のものである。保存状態は概してよい。

 

 

その他

三尊像の左右には等身大ほどの四天王像が堂々として立つ。持国天と多聞天は中世の作だが、増長天と広目天は近世の再興像と考えられている。

 

 

さらに知りたい時は…

『愛知県史 別編 文化財3 彫刻』、愛知県史編さん委員会、2013年

『禅宗の彫刻』(『日本の美術』507)、浅見龍介、至文堂、2008年8月

『京都五山 禅の文化展』(展覧会図録)、東京国立博物館ほか、2007年

『西尾市悉皆調査報告1 社寺文化財(彫刻・絵画)報告書』、西尾市教育委員会、1995年「釈迦三尊像(修理報告)」(『学叢』16)、1994年

 

 

仏像探訪記/愛知県