慈恩寺の千手観音像

  1年に5日のご開帳

住所

岐阜市溝口中138−1

 

 

訪問日  

2007年8月10日 

 

 

 

拝観までの道

JR岐阜駅から名鉄の岐阜駅を経由し、三輪釈迦前行き(加野団地線)の岐阜バスに乗り、長良川沿いを北西へと約40分。バス停「福富口」で下車(バスの本数は1〜2時間に1本程度)。

 

岐阜バス

 

下車後、慈恩寺までは東方向へ15分ほどである。バスが来た道を少し戻り、「福富迎田」の交差点を左へ、2つめの信号「岐関大橋西」交差点を右に折れるとまもなく慈恩寺に着く。

 

このお寺の千手観音坐像は秘仏で、年に5日、1月1〜3日と8月9、10日のいずれも午前中のみ開帳される。

 

 

拝観料

特に拝観料などの設定はなかった。

 

 

仏像のいわれ

千手観音像は伝来等不明である。寺伝では最澄作といい、もと他の寺院にあったが、室町時代に仏像を交換して、この寺に遷座となったという。

 

 

拝観の環境

千手観音像は本堂に向かって左側の収蔵庫に安置されている。

本堂では仏事(この日は施餓鬼会であったらしい)が行われているようで、その間収蔵庫を開き自由に拝観できるようにしてくださっている。

収蔵庫の外からではあるが、近い位置からよく拝観することができた。

 

 

仏像の印象

千手観音坐像はヒノキの一木造で、像高は約1メートル。端正さと重厚さをともにもち、魅力的な像である。膝の張りや膝の衣の襞(ひだ)はしっかりとしている。顔つきは引き締まっているが、弧を描く眉などは優美である。

平安前期木彫の特色を残しつつ、平安中・後期のやさしい造形へと移行しつつあるお姿である。上半身、脇手の長さ、膝の張りのバランスがとてもよい。

 

印象的なのは、脇手の2本が上へと伸び、小さな阿弥陀仏を捧げ持っていることで、これは清水寺の千手観音と同じ姿であるところから、清水寺式(清水寺形)と呼ばれているのだそうだ。また、光背も面白いつくりで、無数の手のを刻む(ただし光背は後補であるが)。

 

全般的には保存がよいように見えるが、膝前の裳先は失われているし、冠(後補)の陰でよくわからないが頭上面も多くが後補に替わっている。脇手も半数以上が後補である。修理によって美しく整えられているが、厳しい歴史をくぐり抜けてここに居ます。

 

 

さらに知りたい時は…

『仏像を旅する、中央線』(別冊『近代日本の美術』)、至文堂、1990年

「康尚時代の彫刻作例三種」(京都国立博物館『学叢』2)、井上正、1980年

 

 

仏像探訪記/岐阜県