願成寺の阿弥陀三尊像

  大名武田氏の祖、信義がつくらせたといわれる仏像

住所

韮崎市神山町鍋山1111

 

 

訪問日

2009年3月18日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

韮山市ホームページ・文化・生涯学習

 

 

 

拝観までの道

願成寺は、甲府駅から松本方面に3駅めの韮崎で下車、駅から西に直線距離にして1キロ半くらいのところにある。徒歩では30分から35分、徒歩以外の方法としては駅前にタクシーが常駐している。

韮崎駅の出口は東側なので、駅の下をくぐって西側に出たら韮崎市役所を目指し、その先の武田橋で釜無川を渡る。渡り終えたら川沿いを右折し200メートルほど行くと、釜無川の小さな支流にかかる橋があるので、左折してその支流沿いの小道を西へ。300〜400メートルほど行くと、右側に願成寺のある丘が見えてくる。

 

阿弥陀三尊像は境内に入って左の阿弥陀堂(重要文化財保存庫)に安置されている。拝観は事前連絡が必要。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺や仏像のいわれ

創建は古代というが不詳。源氏の流れを汲み、戦国大名武田氏の祖先にあたる武田信義(頼朝の軍に加わり富士川の戦などで戦功をあげた)が臨済宗寺院として中興した。信義の墓は本堂横手にあり、以後武田家の祈願所として栄えたが、1582年に信長軍の兵火にかかり、また江戸初期にも火災にあった。江戸時代前期に曹洞宗寺院となり、現在に至る。

 

阿弥陀三尊像は寄木造、定朝様式の仏像で、平安末期から鎌倉初期の頃の作と考えられる。寺伝では信義が都の仏師につくらせた像という。

 

 

拝観の環境

収蔵庫の中で拝観させていただける。照明もあり、すぐ近くまで寄って、また側面からもよく拝観できる。

 

 

仏像の印象

中尊像は安定感があり、衣が美しく流れ、膝の高さがあまり高くない、いかにも定朝様の仏像だが、一方肉髻は大きく、顔は下ぶくれで、体躯は四角い大きなかたまりのようで圧倒される。目は中央に寄っている。手は来迎印を結ぶ。

 

脇侍像は共にやや体を前に傾け、観音菩薩(向って右)は両手を前にして蓮台を持ち、勢至菩薩(向って左)は合掌をしている。これも来迎の姿である。バランスのよい、すぐれた像である。体は中尊像ほど太つくりではなく、腰はしっかりくびれているが、横から見ると胸や腰にはボリュームが感じられる。下半身の裳は大きく折り返され、特に下肢の襞(ひだ)は大きな波であらわされている。こうした特色から、地方的な力強い造形が感じられる。

台座、光背とも当時のものが残り、貴重である。

 

 

さらに知りたい時は…

『山梨県史 文化財編』、山梨県、1999年

 

 

仏像探訪記/山梨県