福光園寺の吉祥天像、脇侍像

  二天を従え座る吉祥天

住所

笛吹市御坂町大野寺2027

 

 

訪問日

2010年12月5日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

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拝観までの道

福光園寺(ふっこうおんじ)はJR中央本線の石和温泉駅の東南、6〜7キロのところにある。

笛吹市営芦川バス(鶯宿行き)がすぐ近くを通るが、本数は少ない。

ほかの路線としては、甲府駅から石和温泉駅入口を通って富士吉田駅行きの富士急バスがある。「尾山」で下車し、南へ徒歩約20分でお寺に着く。

 

富士急行バス

 

拝観は事前連絡必要。

 

 

拝観料

特に拝観料の設定はなかった。

 

 

お寺や仏像のいわれ

もと大野寺といい、戦国時代に福光園寺と寺名を変更したと伝える。しかし、度重なる火災で記録が残されていないため、寺の歴史は分からないことが多い。

 

このお寺には持国天、多聞天を脇侍とする吉祥天像がある。毘沙門天(多聞天)を中尊として、脇に吉祥天、童子を配する三尊はあるが、このお寺のように吉祥天を中心とした三尊というのは他に類例がないし、典拠となる経典類も不明である。

吉祥天の像内に銘文があり、鎌倉時代前期の1231年に仏師蓮慶によってつくられたこと、造像の中心となったのは良賢という僧、これを支えたのが三枝氏という一族であったこと、当初より吉祥天と二天という組み合わせでつくられたことがわかる。

蓮慶はその名から慶派の仏師と考えられていて、他に甲州市・大善寺の十二神将像をつくっている。

 

なお、「福光園寺」という寺名だが、『金光明最勝王経』中に、「吉祥天は妙華福光の園の城に住む」と記述されているところからきていると思われる。

 

 

拝観の環境

間近でよく拝観できる。

 

 

仏像の印象

中尊の吉祥天像は像高約110センチの堂々たる坐像。ヒノキの寄木造、玉眼。

丸々とした顔、大きなまげを結う。肩はしっかりと張って、男性的に感じる。目元が清々しく(ただし玉眼は後補に変わっているが)、特に横顔は美形。胸元の衣の模様や袖口の意匠が華やかさを添える。

腹部は肩に比べてぐっと締まるが、筒状でややぶっきらぼうにも見える。膝の左右への張りは大きく、安定感がある。

銘文に大檀越として見える三枝氏だが、この一族は古代から勢力にあった国府の役人層と思われる。それに対して、鎌倉幕府が成立すると、甲斐国の守護武田氏の勢力が強大になってゆく。古い勢力の三枝氏としては、こうした堂々たる仏像を造立することで、挽回をはかる精神的支柱としようとしたかもしれない。

 

二天像はそれぞれ像高120センチの立像。ヒノキの寄木造、玉眼。高くまげを結い、怒りの表情をあらわすが、どことなく大人しい。誇張に走らず、破綻のない立ち姿ではあるが、迫力には欠けているのは、作者の力量によるものと思われる。

 

 

その他

このお寺には平安時代の一木造の観音立像も伝えられている。「香音観音」と呼ばれ、別の小さな耐火のお堂に安置されていて、お願いすれば拝観できる。

 

 

さらに知りたい時は…

『山梨の名宝』(展覧会図録)、山梨県立博物館、2013年

『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記篇』4、中央公論美術出版、2006年

『祈りのかたち』(展覧会図録)、山梨県立博物館、2006年

『山梨県史 文化財編』、山梨県、1999年 

『吉祥・弁才天像』(『日本の美術』317)、根立研介、至文堂、1992年10月

 

 

仏像探訪記/山梨県