慈光明院の阿弥陀如来像

  本山慈恩寺から移されてきた像

 

住所

山形市七日町1-4-12

 

 

訪問日 

2013年8月10日

 

 

この仏像の姿は(外部リンク)

山形の宝 検索navi 木造阿弥陀如来坐像   銅造薬師如来立像

 

 

 

拝観までの道

慈光明院のある七日町(なぬかまち)は山形駅の北東、市役所の南側にある一画である。

交通は、山形駅前から10分おきに市内中心街をまわる100円の循環バスが便利。「旅篭町四辻」下車、すぐ。

また、駅前には無料のレンタサイクルもある。観光案内所が受付窓口になっている(4月上旬から11月下旬まで実施)。

 

中心街100円循環バス  城下町やまがた観光レンタサイクル

 

拝観には事前連絡必要。

 

 

拝観料

300円

 

 

お寺や仏像のいわれなど

慈光明院は、長門屋という仏具屋さんの奥にある。もともとは漆器を扱うお店だったそうで、当時のご主人が苦心して商売を軌道にのせるとともに、僧籍をとり、行き場所を失った仏像をおまつりするためお寺をはじめたとのこと。近代の廃仏のように仏像を打ち捨てる時代もあったが、逆にこのように仏像を大切に守った方がいらっしゃったことに、心あたたまる思いがする。

 

* 長門屋・慈光明院とひなた蔵

 

土蔵作りの本堂の中には、大小さまざまな仏像がまつられているが、本尊の阿弥陀如来坐像と、銅造の薬師如来立像は銘記によって鎌倉時代の作とわかっており、貴重である。

 

 

拝観の環境

堂内はやや暗いが、近くよりよく拝観できる。

 

 

仏像の印象

本尊の阿弥陀如来坐像は、像高約90センチの坐像。樹種はカツラないしはホオノキであるとのこと。寄木造で、玉眼。

両手を胸の前で構える、説法印の阿弥陀如来像である。左右の手とも親指と人差し指で丸をつくり、それを少し離して胸の位置でてのひらをこちらに向ける。

 

顔つきやはやや固い感じがするが、落ち着いた雰囲気の像である。

目は細く、鼻や口もどちらかといえば小さく控えめであることで、表情を固く見せているのかもしれない。螺髪はこんもりして、最下段は下向きについている。

上半身は大きく、堂々としている。

衣の線は変化をつけて比較的にぎやかに刻まれる。

 

本像には、鎌倉時代中期の1247年の年が墨書された五輪塔が納入されており、これが造像年を示すと考えられている。

また、この像はもと寒河江市の本山慈恩寺の子院、禅定院(廃絶)の本尊と伝えられ、戦後まもなくまで本山慈恩寺にあったが、その後この慈光明院の本尊として迎えられた。

 

なお、本山慈恩寺の薬師堂の薬師三尊像の脇侍像は、その作風と構造が本像と近く、本来はこの像の脇侍ではなかったかと考えられている。

 

 

その他

本尊の阿弥陀如来像のまわりに多くの仏像が安置されているが、その中の1躰、銅造薬師如来立像は背面の銘記により、1277年の造像と知られる。もと鶴岡市の薬師神社に伝来した像という。

像高は約40センチ。

慈愛にあふれた優しい顔立ちである。顎は小さい。髪は螺髪でなく、渦巻き状に毛をあらわしているのは、清涼寺式釈迦像とも共通する。髪際は中央で下にカーブしている。

なで肩。体は細く長い。下半身の衣の襞は省略ぎみとなっている。

 

 

さらに知りたい時は

『ふるさとの仏像』、山形市教育委員会、2011年

『東日本に分布する宗教彫像の基礎的調査研究』、有賀祥隆ほか、2010年

『日本彫刻史基礎資料集成 造像銘記篇、鎌倉時代』6、中央公論美術出版、2008年

 

 

仏像探訪記/山形県