達磨寺本堂の諸仏

達磨と聖徳太子ゆかりの古寺

住所
王寺町本町2−1


訪問日 
2017年6月17日


この仏像の姿は(外部リンク)
達磨寺ホームページ



拝観までの道
達磨寺(だるまじ)はJR王寺駅南口下車、南南東に徒歩約15分。
バスの場合、王寺駅南口(3番乗り場)より明神一丁目または白鳳台二丁目行き奈良交通バスに乗車し、「張井」下車、すぐ。

土曜・日曜日は王寺観光ボランティアガイドの会の方が常駐、本堂の拝観ができる。

 

王寺観光ボランティアガイドの会


拝観料
拝観料等の設定は特になかった。


お寺や仏像のいわれなど
達磨寺は臨済宗寺院。
本尊は千手観音像を中尊に、聖徳太子像、達磨像の三尊である。
聖徳太子と達磨がともにまつられているのは、次のようないわれによっている。

『日本書紀』に、聖徳太子が片岡の地で「飢人」を見舞ったという話がみえる。
この話は時代とともに発展して、次のような説話となっていく。
聖徳太子が出会った飢人は、実は禅宗の開祖である達磨であった。そもそも聖徳太子は6世紀・中国の高僧、南岳慧思の生まれ変わりであり、南岳と達磨は中国で出会い、そして日本に生まれ変わって再び達磨と会ったというのである。

この片岡は現在の王寺駅の南側の地とされる。今も片岡神社があり、またかつては片岡王寺という古寺があって、これが王寺の地名のもとであるという説がある。寺の跡地は現在小学校となっているが、近くの放光寺(黄檗宗)が片岡王寺の流れを受け継いでいるという。

達磨寺は片岡神社や放光寺から国道をはさんで東側にある。境内に3基の古墳があり、そのうちの1基について、平安時代の末ごろからこれこそ達磨の墓であるといわれるようになり、鎌倉時代になるとそこに寺が設けられた。これが達磨寺のはじまりである。

しかし、その後の歩みは決して平坦ではない。
実質的に大和一国を支配した興福寺にとって禅宗の進出は許せないことであったようで、達磨寺は何度も興福寺側の攻撃を受けている。
本堂の達磨像は1430年につくられたことが知られるが、これは前年に興福寺らの襲撃があり、室町幕府の保護を受けて復興した際の造像と考えられる。


拝観の環境
近くよりよく拝観させていただけた。


仏像の印象
本堂の3躰の本尊像のうち、中尊の位置の千手観音像に向かって左側には聖徳太子像が安置されている。

像高約90センチの坐像。寄木造。
冠をかぶり、胸の前で笏を構える。眉をひそめ、威厳のある顔つきが印象的である。衣のひだなどは簡略にあらわし、体つきも変に技巧を凝らすことなく、素朴な存在感があり、それが魅力となっている。

膝裏に年と仏師名が書かれ、鎌倉時代後期の1277年、院派の仏師、院恵と院道によってつくられたとわかる。院道については、残念ながら他に事績が知られない。
院恵は再建された三十三間堂の千手観音像のうちの21躰(ほかに「院恵分」として9躰)をつくるなど、当時の院派を代表する仏師であった。そのほか、文献からも活発な造像活動を行ったことが知られる。興福寺南円堂の仏像修理も行っており、康慶の流れを汲む仏師の独壇場となっていた興福寺への進出は注目されるところである。

達磨像は中尊の向かって右側に安置される。像高は約90センチの坐像。寄木造。
像底に銘文があり、1430年に将軍足利義教の命によって椿井仏所の集慶が造像したこと、彩色は僧周文が担当し、旧像の一部を用いてつくられたとある(しかし実際の像を見ても旧像の一部を用いている様子はうかがえないので、これは以前の像に倣ったという意味か)。
椿井仏所は慶派の流れを汲み、奈良に所在した仏所のひとつで、室町時代前半にこの集慶をはじめ、何人もの名工を出して栄えたが、やがて戦国時代になると宿院仏師にとってかわられていく。
また、この像の彩色にあたったという周文は、室町時代前半、水墨画をよくしたあの周文のことなのであろうか。気になるところである。

頭まで衣でおおっている。目を大きく見開き、ほおも豊かに、これこそが悟りの境地にある高僧かという独特の顔立ちである。胸は張り、上半身はゆったりとして、手は腹の前で組む。しかし全体の印象としては、厳しいというよりはおおらかに単純化された姿で、心地よさを覚える。


その他(千手観音像について)
千手観音像は像高約80センチの坐像。寄木造。玉眼。室町時代の15世紀半ばごろの作と考えられている。
顔や体は四角張っている。顔は大きめで、額に第3の目をあらわす。脇手は比較的大きな手と300本以上の小さな手からなっており、大きな手の掌には玉眼の目をつけるものがある。

脚部の衣の線には形式化がみられる。
現在は三尊の中央に安置されているが、もとは客殿(方丈)に安置されていたそうである。


さらに知りたい時は…
『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記篇』12、中央公論美術出版、2016年
『達磨寺の美術』、奈良国立博物館、2003年
『新訂 王寺町史 本文編』、王寺町史編集委員会、2000年


仏像探訪記/奈良県