法隆寺中門の金剛力士像

  奈良時代の塑像の仁王さま

阿形像
阿形像

住所

斑鳩町法隆寺山内1ー1

 

 

訪問日 

2011年1月10日、 2015年3月15日

 

 

 

拝観までの道

法隆寺(南大門)まではJR法隆寺駅北口から徒歩(20分くらい)、または駅南口から門前までのバスが出ている。南口にはレンタサイクルのお店もある。

王子や奈良公園方面からバスの便もあり。

 

奈良交通バス

 

中世再建の南大門をくぐると、まもなく法隆寺西院伽藍(さいいんがらん)が正面に見えてくる。中門、金堂、五重塔、回廊は日本最古の木造建築である。中門は、簡素なつくりの南大門や東大門にくらべて華やかな入母屋造の二重門で、左右には奈良時代のはじめにつくられた仁王像(金剛力士像)が立つ。

 

法隆寺ホームページ

 

 

拝観料

中門は西院伽藍の正面口であるが、柵で囲われ、通過することはできない(もともと中門は仏のためのものであって、人はここを使わなかったそうだが)。柵越しに拝観する分には無料。

西院伽藍への入場は、西側の拝観入口から。西院、大宝蔵院、東院(夢殿)共通で1,500円(2015年1月より)。

 

 

仏像のいわれ

奈良時代の成立の『法隆寺伽藍縁起并流記資財帳』にこの仁王像の記述がある。それによると、五重塔初層の4面につくられている塑像群とともに711年につくられたとわかる(ただしその後何度も改変されている。後述)。

 

 

拝観の環境

柵のためにやや離れた位置からの拝観となるが、金網等で囲っていないので、よく拝観できる。また、西院伽藍に入場し、門の裏側(内側)から首を伸ばして見れば、仁王像の姿勢がよく分かる。

 

 

仏像の印象など

像高350センチを越える大きな像。

この仁王像は2つの点でユニークである。

ひとつは塑造の仏像であること。塑像の仁王像は他に例がないわけではないが、珍しい(神戸市の如意寺の仁王像が塑像だそうだ。ただし中世の作)。

もうひとつは門の中ほどに向って肩を下げ上体を傾めにした姿勢をとっていることである。お寺を守る仁王さまとしては、仏敵など邪なものが入らないよう、ぐっと体を曲げて門を通ろうとするものを吟味し、威嚇しているのであろう。まさに仁王像としてあるべき姿である。しかし、ここまでに体を傾けた姿でつくられた仁王像は多分ないと思われる。

 

塑像は土を材料としてつくられた像である。他の材質に比べて安価であり、思うがままの形につくることが容易であるという特質をもつ。中国(唐)でも盛んに造られ、白鳳期〜奈良時代に導入されて、たくさんのすばらしい仏像がつくられた。本尊クラスは銅像や乾漆像、それに対して天部など脇の尊像には塑像という使い分けもあったようだ。

そのように考えると、天部に属する仁王像が塑像でつくられるのは不思議ではないし、かつ怒りをあらわし大げさなポーズや表情をとる姿を思うままにつくる素材として塑という材質が選ばれのは当然のことともいえる。

 

しかしながら、門に立てられて風雨にさらされる仁王像は、堂内の仏像に比べて傷みが進むのが早い。それが塑で造られていればなおさらである。さらに、この仁王像の特色である体の傾きが損傷を促進する要素ともなる。

このため、早くも奈良時代末期ごろに作り替えに近いほどの修理を受け、その後も繰り返し修理がなされている。しかし、補修を繰り返しながらも、奈良時代の塑造の仁王像が現代まで伝わっているというのは奇跡的である。

 

吽形像(向って左の像)は16世紀前半に大きな補修を受け、体部が木彫に置き換わっている。阿形像と比べると体が平板であるように感じるのは、そのためであろう。しかし、頭部や上半身の一部は奈良時代末期の改変時の姿をとどめる。大きな顎、見開いて睨みつける目の表現は味がある。

阿形像(向って右の像)は、18世紀初頭に表面を塗られていて、その分キレがなくなっているのではないかといわれている。しかしそれにもかかわらず、なかなか迫力がある。 面長で、顎はしゃくれぎみである。 均整がとれ、 バランスのよい体つきは魅力的。 顔や上半身ではごつごつと膨れ上がった筋肉の表現は力強い。

 

 

戦後の修理について

本像は、1961年から1965年にかけて大きな修理を受けた。

修理のきっかけは、誰かのいたずらで吽形像につけられたチューインガムをとったことで、それをきっかけに像の劣化が重篤なところまできていることが判明したそうだ。

塑像は木を中心にして、その周りに土をつけて成形する技法である。ところが阿形像は、長年の劣化によって中の心木が折れており。このために像は本来よりもさらに体勢が傾いていた。この時の修理によって、像は頭頂部で見て北へ9センチ、東へ何と58センチも起きたという。

この修理では、ステンレス製の素材や合成樹脂を用いた補強が行われた。

近代の古建築の修理で、天井裏の小屋組に西洋式トラスを導入する補強がなされたことがある(例えば19世紀末の唐招提寺金堂修理)が、この仁王像修復も見えないところに新しい技術が用いられたわけである。

これによって、崩壊寸前だった仁王像が現在見ることができる姿でよみがえった。

 

 

その他(吉田寺について)

法隆寺南大門から西南西へ約1キロ半、法隆寺駅からは西へ約2キロのところに吉田寺(きちでんじ)というお寺があるので、この場で紹介したい。

「ぽっくり寺」、すなわち長わずらいすることなくぽっくりと往生を遂げるという願いをかなえてくれるお寺として有名である。本堂と多宝塔を中心とするこじんまりしたお寺で、室町時代の多宝塔は小ぶりで可愛らしい。

本尊は定朝様の阿弥陀如来坐像。像高は220センチあまりと、やや小柄な丈六像であるが、「大和のおおぼとけ」ともいわれる。落ち着いた雰囲気の像だが、後世の漆箔のためか、表情や衣の線はやや硬い感じがする。

本堂の後に接続してつくられた耐火式のお堂(奉安殿)に安置される。お暗めの照明で像までの距離もあり、細部までよく拝観するのはやや厳しい。拝観料は300円。

 

 

さらに知りたい時は…

『仏像修理100年』(展覧会図録)、奈良国立博物館、2010年

『奈良六大寺大観(補訂版)』3、岩波書店、2000年

『二王像』(『日本の美術』151)、倉田文作、至文堂、1978年12月

『法隆寺重要文化財塑造金剛力士立像修理工事報告書』、法隆寺編、1965年

「法隆寺中門の金剛力士像」(『月刊文化財』16)、西川新次、1965年1月

 

 

仏像探訪記/奈良県