室生寺金堂の十二神将像

  軽快、スマートな守護神像

住所

宇陀市室生78

 

 

訪問日 

2011年4月17日、 2011年8月8日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

室生寺の仏たち・十二神像

 

 

 

拝観までの道

近鉄大阪線の室生口大野駅前から室生寺前行き奈良交通バスで終点下車。

途中大野寺(おおのでら)の前を通るので、大野寺の拝観を先にしたときには、その路線の「大野寺前」より乗車すればよい。 

バスの本数はあまり多くないので、事前に調べて行くことをお勧めする。 

 

このバスは、宇陀川の支流室生川にそって南へと向かう。乗車時間は15分くらいだが、次第に山の中へと進み、こうした交通機関がなかった時代にはさぞかし大変な道のりであったろうと感じる。 

下車後、土産物屋などが並ぶ短い参道を過ぎ、室生川に架かる赤い橋を渡るとそこが室生寺の入口である。橋を渡らずにそのまま真っすぐ行くと、室生龍穴神社がある。この地の龍神や水の神への信仰が室生寺建立の原点にあるのかもしれない。 

 

 

拝観料

600円

 

 

お寺や仏像のいわれな

別名が「女人高野」であるのは、この寺が真言宗寺院で、かつて高野山が女人禁制であったために、いわばその代わりの参詣地だったことによる。 

しかしこの寺は、奈良時代後期、興福寺系の寺院としてスタートしている。そこへ天台系の仏教が入り、さらに真言宗の力が途中から強まっていったという複雑な歴史をたどったことが明らかになっている。

 

石段(鎧坂)から金堂を見上げた風景は、古代の山岳寺院の雰囲気をよく残して、とても印象深い。

これを登ると金堂、その左手に弥勒堂、一段上がったところに本堂、さらにその先に五重塔があるが、これらは斜面の地形の中で工夫をしながら配置をされている。要するに、塀の内側に整然と伽藍が並ぶ平地の寺院とは雰囲気がまったく異なっているということである。 

 

金堂はもと根本堂あるいは薬師堂と呼ばれていたが、江戸時代にこのお寺が完全に真言宗の寺院となってのち、金堂とよばれるようになった。

正堂(もともとのお堂の部分)の前に礼堂(らいどう、お堂の空間を広げて礼拝や読経するのに都合がよいように設けられた部分)が取り付けられた構造である。

正堂は平安時代初期の建物で、礼堂はその後平安時代中期ごろに加えられたと考えられている。その後も何度も改造が加えられているが、平安時代前期の山岳寺院のお堂の雰囲気をよく残す。

 

金堂本尊は現在の名称は釈迦如来像だが、本来は薬師如来であり、延暦寺根本中堂の薬師像との関連が考えられている。 

 

 

拝観の環境

室生寺では、金堂内諸仏、弥勒堂の本尊弥勒菩薩立像と釈迦如来坐像、本堂の如意輪観音像が拝観できる。

金堂と弥勒堂は扉口からの拝観、本堂は外陣からの拝観で、いずれも仏像までの距離があるが、各お堂には仏像がくっきりと浮かび上がる照明がつけられていて、印象をとらえることができる。 

 

 

仏像の印象

金堂内陣には5躰の仏像が安置され、その前には十二神将が置かれているが、数えてみると10躰しかいない。2躰は奈良国立博物館に寄託されている。

金堂の仏像としては、本尊の伝釈迦像と向って1番左に立つ十一面観音像が名高く、それに対してこの十二神将は取り上げられることが少ないので、ここではあえて十二神将像について記述したいと思う。

 

像高は各約1メートル、ヒノキの寄木造、玉眼。鎌倉中期ごろの作とされる。

表面は素地に直接白土を縫って下地とし、彩色を施す(一部漆箔)。本格的な造像では、白土の下にさらに黒漆や布ばりなどを行うのだが、それに対してこの十二神将像は簡素なつくりといえる。

保存状態は全体に良好で、台座もすべて当初のもの(一部には戯画が描かれているものもある)。持物は後補。

 

伝来は、ある時期に近くの小堂から移されたともいうが、確かなことはわからない。本尊の伝釈迦如来像は本来薬師如来像として造像されたことは確かなので、その眷属として本来この堂のためにつくられたという可能性もあると思われる。

 

本像の魅力は、スマートで、しぐさがきりりとしまっているところにある。

激しい怒りをあらわにしたもの、ややおどけた表情のもの、大きな動きをあらわした像もあるが、あまりに誇張的というものはない。安定感と躍動感の間のバランスがよく取れている。

頭部に標識となる十二支の動物の頭がつく。ただし、子神、辰神は標識を失っているので、厳密にはどちらであるのか不明である。兜を着け、左手を高く上げる像を子神として向って1番右に、以下丑、寅の順で一列に並ぶ。

なお、辰神、未神は奈良博に寄託されているが、未神は左手をほおに当ててユーモラスな表情をした像で、この場所で見られないのは残念である。

 

ことに目を引くのは中心付近に場所を占める巳神と午神である。

巳神は、左手をおでこの上に持って来て開き、目を細めて遠望するしぐさが生き生きとしている。午神はこぶしを握った左手を高く上げて口を開き敵を威嚇する。この群像中で最も強い怒りの表情を出している像である。

申神は、矢羽根の様子を調べているが、この姿の像はしばしば十二神将像では見られるものの、この像は腰の動き、顔の傾き、炎髪のなびき方までスパイラルにひねりを入れて、面白い。

戌神は異国風の冠を着ける。やや困惑したような表情で、人差し指を立てた左手は何を意味しているのだろうか。なお、かぶり物をしているのは子神とこの戌神だけで、これは同時代の十二神将像と比べると少ない。

 

 

その他

2011年には春と秋に本堂内、夏には弥勒堂内で特別拝観が行われた。普段よりも近くに寄って拝観できると、やはり仏像の印象をよくとらえられることができる。

ただし、これはあくまで2011年の催しで、来年以後も続けていくかは未定とのことだが、今後も行われる可能性はあるので、お寺のホームページをこまめにチェックすることをお勧めしたい。

 

女人高野室生寺ホームページ

 

 

さらに知りたい時は…

「室生寺金堂十二神将像考」(『Museum』571)、山本勉・浅見龍介、2001年4月

『女人高野室生寺のみ仏たち』(展覧会図録)、東京国立博物館ほか、1999年

『室生寺 山峡に秘められた歴史』、逵日出典、新人物往来社、1995年

『室生寺』(『日本の古寺美術』13)、鷲塚泰光、1991年

『室生寺』(『大和古寺大観』6)、毛利久、岩波書店、1976年

 

 

仏像探訪記/奈良県