東大寺法華堂の執金剛神像および諸像

  12月16日、秘仏開帳

北側
北側

住所

奈良市雑司町406−1

 

 

訪問日 

2007年12月16日、 2013年10月26日

 

 

この仏像の姿は(外部リンク)

執金剛神像 → 東大寺ホームページ   不空羂索観音像 → 奈良ネット・東大寺(彫刻)

 

 

 

拝観までの道

東大寺法華堂(三月堂)は近鉄奈良駅から徒歩約25分。東大寺大仏殿の東の高台にある。

 

秘仏の執金剛神像の開扉は年に1度、12月16日の9時半ころから4時ころまでである(その他の仏像は基本的に毎日拝観できる)。

筆者は2007年のこのご開帳の日、9時半過ぎに到着した。すでに参拝の列ができていたが、それほど長くはなかった。列はゆるゆると進み、やがて堂内へ。

いつもであれば、諸仏像の前の柵の先へは進めないが、この日に限っては壇の向って右側より通路が開かれていた。

 

 

拝観料

一般500円

 

 

東大寺法華堂について

大仏殿の建立以前に、この東側の丘とさらにその北側には寺が存在した。福寿寺および金鍾(こんしゅ)山房である(「金鍾」は『華厳経』に見える香水を入れる壷に由来する言葉)。それらは大和国の国分寺である金光明寺(こんこうみょうじ)へ、さらに東大寺へと発展したと考えられている。

法華堂は、これら東大寺の前身寺院から東大寺へと引き継がれた重要なお堂のひとつであったと思われる。

こうした東大寺前史については、次第に実態が明らかになりつつあるが、まだ不明な点も多い。

 

東大寺は何度も火災にあい、大仏殿も江戸時代の建物である。この三月堂は、正倉院宝庫や西側の門である転害(てがい)門とともに、東大寺に残る奈良時代の貴重な建築であり、多くの建物が並び立つ東大寺の中でも、格調の高さは随一である。

その成り立ちについて、まだ解明が進んでいないところを残す法華堂であるが、建物の構造も一筋縄ではいかない。正堂(しょうどう)すなわち仏が安置されている北側部分は奈良時代だが、礼堂(らいどう)つまり人が入って礼拝する南側の建物は鎌倉時代のものである。礼堂は奈良時代に檜皮葺(ひわだぶき)の建物として造られ、正堂と軒先を接するようにして建っていたらしい。鎌倉時代に新しい様式を取り入れつつ建て直され、さらに正堂とドッキングさせる屋根が取り付けられて現在のような形となった。このような複雑な成立にもかかわらず、外観にはなんら違和感がない。それどころか、実に安定感あるみごとな建築と思う。

 

ところで、仏堂は日本に伝わった当初は人が立ち入る場所でなく、まさに仏のための空間であった。のちの時代になると、このように礼堂が付けられ、さらにそれが一体化して仏の空間が内陣、人が立ち入るのところが外陣(げじん)と整理される。この流れを日本化と呼ぶならば、東大寺法華堂は仏堂の日本化のはじまりをなすものといえる。

 

堂内に入ると、本尊の不空羂索観音像をはじめ、8世紀の乾漆造の仏像群が目に飛び込んできて、圧巻である。まさに奈良時代の仏像の宝庫である。

以上のように法華堂は、歴史上も、建築としても、安置仏の質も並外れて貴重なお堂であるといえる。

 

 

拝観の環境

秘仏・執金剛神(しゅこんごうしん)の厨子は本尊の裏側に北向きに安置されている。

ご開帳の日は厨子前は人であふれんばかりとなるが、その前の明かり障子を通して外の光が入ってくるため、お姿はよく拝観できる。

 

 

執金剛神像について

執金剛神とは「金剛杵(しょ)をとる守護神」の意である。

金剛杵とは、仏敵あるいは煩悩を打ち破る武器のこと。仏の守護神として強大な力を有し、忿怒形で、甲冑を帯び、手には名前の由来となった金剛杵を持つ姿で表される。ただし、同様の仏法守護神として2体セットで造られる金剛力士像(仁王像)が多くの寺院で見られるのに対し、執金剛神像は日本ではあまり造られなかった。

 

法華堂の執金剛神像は像高170センチあまりとほぼ等身大の立像で、塑像である。

長く秘仏としてまつられていたため、彩色が非常によく残っている。金、朱、緑、青など、場所によっては目をみはる鮮やかさである。丸い石を入れているという目も強い印象を与えている。

額や頬のふくらみ、開いた口、浮き出た腕の血管など、怒りの表現がみごとである。

そして、天衣(てんね)の表現がまたすばらしい。左肩の後ろから腕へ、また腰の前をぐるりと回る天衣は、風をはらんで軽々としている。これらは2本の銅線で木片をはさみ、これを麻ひもで巻いて、土をつけるという方法で造られているらしい。銅線と土はともに自由に形を造りやすい素材であるのだろう。この軽やかな表現が、怒りや力強さを薄めるのでなく、かえって引き立たせる役目を果たしているように思う。

下半身のバランスは、ややぎこちなさを残すようにも感じられる。

 

像の制作年代は、奈良時代中期と考えられる。

近年有力になりつつある説では、このお堂がつくられて間もなく何らかの事情で本尊の交替が起こり(当初の本尊は釈迦像?)、現在の八角二重壇が導入されて、上段に不空羂索観音像、下段にこの執金剛神像、法華堂旧安置の伝日光・月光菩薩像、戒壇堂の四天王像の計7躰の仏像が安置されていたとする。

 

また、本像は本来東大寺初代別当(住職)の良弁(ろうべん)の念持仏であったという伝承を持ち、平安初期の9世紀に成立した仏教説話集である『日本霊異記』には、この像をさすと思われる像が東大寺羂索堂の北戸に安置されているとある。

なお、厨子は鎌倉時代のものという。

 

西側より見る
西側より見る

 

法華堂のその他の仏像について

本尊の不空羂索観音像は、像高360センチをこえる立像である。乾漆という中国伝来の技法によってつくられている。そのまわりには、四天王像4躰、力士像2躰、梵天・帝釈天像が立ち並び、いずれも3メートルをこえる乾漆造の仏像である(梵天・帝釈天像は、なんと約4メートルもある)。

 

不空羂索観音像は、威厳に満ちた像である。顔つきは林厳で、よく目をこらすと額に第3の目が開いているのがわかる。8本の手を持つが、足のわずかな動きを除いて左右の対称性が強く、一分の隙もない。また、光背・冠に至るまで、実に行き届いたつくりである。交差する天衣は、柔らかで軽い布であるという表現をよく作り出している。いわば、仏の中の仏であると思う。

 

この12月16日に法華堂を訪れると、執金剛神像の拝観ができるということのほかにもうひとつ素晴らしい体験ができる。それは、執金剛神像拝観のための通路を行く際、普段は見られない法華堂諸像の側面が見られるということである。

本尊の不空羂索観音像の側面観は、細すぎず、厚みがありすぎず、前から見た姿と同様に隙のない姿をしている。

四天王像は、鎧の金具を描いた金の彩色はみごとで、その様子を間近で拝観できる。

日本の他の彫刻ではちょっと見られないような茫洋とした雰囲気をもつ梵天・帝釈天像は、当時の中国・唐の流行の直輸入の造形なのであろうか。その衣の質感は、真横や斜め後ろから間近に見ると実に素晴らしい。もっとも、乾漆造というのは基本的に漆と布によって制作される技法であるので、布の質感は表しやすいのかもしれないが。

 

 

その他(お堂の改修と安置仏の変更について)

法華堂は2010年より堂内の修理のため、拝観は休止。2013年5月に再開された。

その間の2011年10月、南大門の北側に東大寺ミュージアムがオープンしている。

 

かつて法華堂内には、本尊の不空羂索観音像をはじめとする大きな乾漆造の仏像のほかに、奈良時代の塑造の伝日光・月光菩薩像、吉祥天像、弁財天像、さらには中世の木彫の不動三尊像、地蔵菩薩像が安置されていたが、この度の改修を機にこれらの仏像は東大寺ミュージアムに移されることになった。

従って法華堂の安置仏像は以前に比べて少なくなったのだが、筆者の印象としては意外にも寂しくなったという印象はなく、堂内に林立する乾漆諸像の存在感がいやまして、さらにすばらしい空間となったように感じた。仏像だけでなく、本尊の立つ八角二重壇、本尊の後ろの執金剛神厨子、天井の天蓋まで、ひとつひとつがお堂の構成要素として響き合っているようである。

 

昔の法華堂は薄暗く、夏の晴天の午後でなければ…などと言われていたが、今は照明が取り付けられ、拝観しやすくなっている。さらに今回の改修後は西側より光が入るように配慮をしてくださっているようで、晴れた日の午後が特にお勧めである。

 

* 東大寺ミュージアム

 

 

さらに知りたい時は…

『もういちど訪ねる 日本の美』上、山川出版社、2018年

『東大寺の美術と考古』(『東大寺の新研究』1)、法蔵館、2016年

『東大寺・正倉院と興福寺』(『日本美術全集』3)、小学館、2013年

「東大寺法華堂(正堂)ならびに八角二重壇の年輪年代調査」(『仏教芸術』321)、光谷拓実・児島大輔、2012年3月

「東大寺法華堂の秘密」、『日本経済新聞』2012年2月26日、3月4日、3月11日

『奈良時代の東大寺』(展覧会図録)、東大寺総合文化センター、2011年

『奈良時代の塑造神将像』、奈良国立博物館 編、中央公論美術出版、2010年

「東大寺法華堂八角二重壇小考」(『仏教芸術』306)、奥健夫、2009年9月

『奈良の仏像』、紺野敏文、アスキー新書、2009年

『仏像の秘密を読む』、山崎隆之、東方出版、2007年

『天平の彫刻』(『日本の美術』456)、浅井和春、2004年

『東大寺ー美術研究のあゆみ』、大橋一章・斎藤理恵子 編、里文出版、2003年

『東大寺のすべて』(展覧会図録)、奈良国立博物館・東大寺・朝日新聞社、2002年

『奈良六大寺大観 補訂版 10(東大寺2)』、岩波書店、2001年

『文化財講座 日本の美術5 彫刻(飛鳥・奈良)』、第一法規出版、1978年

 

 

→ 仏像探訪記/奈良市