喜光寺の阿弥陀如来像

行基ゆかりの寺院に鎮座する平安仏

住所
奈良市菅原町508


訪問日 
2016年6月5日


この仏像の姿は(外部リンク)
喜光寺・ご本尊



拝観までの道
近鉄尼ケ辻駅から西北に徒歩約10分。阪奈道路の「菅原」交差点を北側へと越えるとすぐ。
西大寺の南門からは南に15分くらい。

また、唐招提寺から歩くと、近鉄の線路の西側に出て、右折(北へ)。宝来山古墳(伝垂仁陵)の東側を進んで、尼ケ辻駅の西を通り、阪奈道路の「菅原」交差点へ。徒歩20分くらい。


拝観料
500円


お寺や仏像のいわれなど
喜光寺は行基ゆかりのお寺で、奈良時代の創建。
かつては菅原寺と称していた。喜光寺と名付けられたのは、この病いの行基を聖武天皇がこの寺に見舞ったとき、本尊から光明が発せられたことによるという。
鎌倉時代に再興され、この時には西大寺末であった(現在は法相宗)。


本堂は奈良時代の創建本堂の上に室町時代後期に再建されたもので、「試みの大仏殿」という異名を持つ。正面一間を吹き抜けとし、重厚な寄棟の屋根、裳階をつけ腰高にした魅力的なお堂である。中に入ると天井が高い。

近代には一時無住になるなど荒れていたそうだが、現在は境内の池や鉢でたくさんの蓮が育てられていて、蓮の寺としても有名になりつつある。


拝観の環境
本尊の阿弥陀如来像は堂内、壇上中央の高い位置に安置され、見上げるようである。

堂外から鳩よけの網越しに見る方が全体の雰囲気はわかる。


仏像の印象
像高は230センチ余りで、やや小ぶりの丈六像。平安時代後期~末期の定朝様の像。定印を結ぶ。ヒノキの寄木造。
目は切れ長、口は小さめである。肉髻はあまり高々とはしない。まん丸というよりはやや四角張った顔立ちである。
衣のひだは浅く彫られ、流麗に流れるが、横や斜めから拝見するとこの時代の定朝様式の仏像としては比較的厚みが体をしているように思う。


その他
脇侍の2菩薩像は室町時代前期ごろの作。坐像で像高は約160センチ。


さらに知りたい時は…
『喜光寺 行基終焉の古刹』、山田法胤、柳原出版、2007年


仏像探訪記/奈良市