五劫院の阿弥陀如来像

  重源請来との伝承がある

住所

奈良市北御門町24

 

 

訪問日 

2012年10月21日

 

 

 

拝観までの道

五劫院は東大寺正倉院の北側にあるお寺。

近鉄奈良駅より徒歩25分くらい。

または、青山住宅行きや州見台八丁目行きの奈良交通バスで「今在家」下車、東へ徒歩約5分。

 

本尊の阿弥陀如来像は、例年8月1日から12日までの期間開扉されているようだ。

その他の日については事前申し込みで拝観できる。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺や仏像のいわれなど

五刧院は、東大寺末寺の華厳宗寺院である。

寺伝によれば、東大寺再興の立役者となる重源上人が、中国より善導大師作の五劫思惟阿弥陀如来像を持ち帰り、これを本尊として創建した寺であるという。

 

阿弥陀仏は、如来となる以前は法蔵菩薩といい、五劫というとてつもなく長い間瞑想に入ったと伝える。それを造形化したのが、五劫思惟阿弥陀像で、長い年月の間に頭髪が伸びてしまったことを、盛り上がるようにつくられた螺髪によって表現している。

 

 

拝観の環境

拝観は外陣からでやや遠く、垂れもののために頭頂部などは見えないが、堂内は明るく、まずまずよく拝観できる。

 

 

仏像の印象

像高は120センチをこえる大きな像である。樹種はヒノキではないかとされている。顔には漆を使って成形をしている部分があるという。

顔面は横長と言いたいくらいに幅があり、目や口は閉じて、瞑想中であることを示す。豊かな肉づきで、木の彫刻にもかかわらず、あたかも乳幼児のもつ柔らかさを感じさせる。体は大きな三角形のようで、襞の刻みも写実からは遠く、どことなく抽象彫刻に近づいているようにも思う。

 

伝承によると、重源が中国からもたらしたという。確かに鎌倉時代の彫刻としては、他の像とあまりに異なっていて、そうした伝承もむべなるかなと思わせるが、日本でつくられた可能性も否定できない。

 

 

その他1

五刧院の境内には、みごとな石仏があるので、お見逃しなく。門を入って右手、墓地の入口に2躰の地蔵菩薩が立っている。室町時代の作。特に向って左のお地蔵さまは、顔を向って右に向ける。「見返り地蔵と」と呼ばれる。

肉厚に美しい曲面で彫られた優品である。

 

 

その他2

五劫思惟阿弥陀如来像の作例は少なく、鎌倉時代の前半期までさかのぼれる古像は、五劫院の像と東大寺勧進所に伝わる像の2躰である。ただし両像は手の形が異なる(五劫院の像は手を腹前で組むも、衣の下になって見えない。一方、勧進所像は合掌する)。また、全体の印象は、五刧院像の方がエキゾチックな感じで、勧進所像は安定感がある(勧進所の拝観は毎年10月5日のみ)。

この2像に次ぐ五劫思惟阿弥陀如来像の遺例としては、東大寺に小像が2躰伝わるほか、奈良・十輪院、京都・大蓮寺、和歌山・道成寺、福岡・安楽寺、大分・片嶋下区、愛知・平田寺、東京・淨真寺(九品仏)などに伝来する。その手の形は、合掌、定印、そしてこの五刧院の像のように衣に包まれる形のものと、3種類にわかれる。

 

 

さらに知りたい時は…

『東大寺』(展覧会図録)、あべのハルカス美術館、2014年

『東大寺大仏』(展覧会図録)、東京国立博物館ほか、2010年

『大勧進重源』(展覧会図録)、奈良国立博物館、2006年

「奈良・五劫院の五劫思惟阿弥陀如来坐像」(『鹿園雑集』9)、岩田茂樹、2007年

「行橋市安楽寺の五劫思惟阿弥陀坐像」(『九州歴史資料館研究論集』30)、井形進、2005年

 

 

仏像探訪記/奈良市